ここ数年、身近な人の訃報を聞くことが多くなりました。
そのときなんて言葉をかけたらいいのか、すごく迷います。。。
美容師やサービス業は、とても華やかな仕事でその中で
はたらくこともできなくないけど、どう向き合えばいいのかについて
すごく、すごく考えます。
もともと、「死」について考える機会が多い環境下にありました。
「戦争」のイベントに毎年演奏する習い事をしていたり
小学生の時は、知的障碍者の生徒と一緒にいたり
「福祉」が盛んな街にいたり、ユニセフ募金なんかもやらされていました。
なので、幼い頃はそのことをイヤイヤ、仕方なく参加していたけど
あまりにも当たり前にその環境にいたので、イヤな印象は抱かなかったんだと思います。
そうゆう人たちが当たり前に地球のウラ側にいること
じぶんは五体満足でいることが「ありがとう」で
五体すこし不足している人は
きっと五体満足にないトクベツがあったりするのかな。
「死」というのは、いまこの瞬間になくなるかもしれない
それは、他人ではなくてじぶんに起こるかもしれないこと。
安全なんてどこにもない。
空から飛行機が落ちてくるかもしれないし
交通事故にあうかもしれない。
急に向かいの人が襲ってくるかもしれない。
それが、ふつーの世の中にある。
ニュースはネットのニュースがそれを物語っている。
ただ、本当にじぶんの身近なたいせつな人がそのようになってしまったら。
親がいつそうなるかわからない持病を抱えています。
何回も入院の知らせを聞いてるし、「またか・・」みたいな感覚もすこしある。
けど、心のどこかで「無事でありますように」と祈ってしまいます。
あまり直々会う間柄ではないんだけど、血がつながっているってふしぎだなって。
身近な人が命がかかわる何かがあったときは、すぐ飛び出すことができるじぶんでありたい。
友人じゃないけど、友人みたいなすごく大人な人の身近な人な訃報を聞いて、また思い出しちゃいました。