僕は、小学生の頃、牛乳配達をしていた
・・・と言っても、近所の家、2~3軒
我が家は小売業を営んでいて
店先の冷蔵庫には、いろいろな飲みものが並んでいた
毎日、夕方になると
僕は、その冷蔵庫から、
瓶に入った200mlの牛乳を
取り出して、配達していた
そして、あれは、小4か小5の時
配達に行く家の中で、1軒だけ、苦手な家があった
Tさんの家だった
Tさんの家の近くには、墓地があった
夕方になると、辺りは、だんだん暗くなり
近くに街灯も無かった
僕は、Tさんの家に行きたくないと言った
怖くてイヤだと言った
僕が何度も言ったせいか
祖母は、笑顔で、「いいよ」と言ってくれた
「Tさんの家、行かなくても、いいよ」と言ってくれた
僕は、ホッとした
そんなことがあって、1週間くらい経った頃
姉が怪我をしていることを知った
右肩から腕にかけて、包帯を巻いていた
母が姉の包帯をほどいて
消毒液を塗りだした
二人の会話を聞いていたら
走っていて転んで、怪我をしたことが分かった
だけど、そのあと
「傷口に、ガラス瓶のカケラが、まだ残ってるね」
って母が言った
僕は、その時、気がついた
姉は、牛乳配達に行ったんだ
僕の代わりに、Tさんの家に
牛乳配達に行ってくれたんだ
だけど、転んじゃったんだ
牛乳瓶を持ったまま、転んじゃったんだ
それで、怪我しちゃったんだ
だけど、姉は、なんにも言わない
僕に、なんにも言わない
さっきも、一緒に遊んでくれた
ニコニコしながら、遊んでくれた
なんで、なんにも言わないんだろう
父も、母も、おじいちゃんも、おばあちゃんも
なんにも言わない
僕に、なんにも言わない
なんにも、なんにも、なんにも言わない
僕が悪いのに
僕のせいなのに
僕がわがまま言ったから
お姉ちゃんが怪我しちゃったのに
みんな、なんにも言わない
なんにも、なんにも、なんにも言わない
みんな、なんにも言わないから
僕も、なんにも言わない
だけど、明日から、Tさんの家に行こうと思った
牛乳配達に行こうと思った
墓地が近くても、街灯が無くても
暗くても、怖くても、行こうと思った
絶対、行かなきゃいけないと思った
宮尾昌亜
・・・と言っても、近所の家、2~3軒
我が家は小売業を営んでいて
店先の冷蔵庫には、いろいろな飲みものが並んでいた
毎日、夕方になると
僕は、その冷蔵庫から、
瓶に入った200mlの牛乳を
取り出して、配達していた
そして、あれは、小4か小5の時
配達に行く家の中で、1軒だけ、苦手な家があった
Tさんの家だった
Tさんの家の近くには、墓地があった
夕方になると、辺りは、だんだん暗くなり
近くに街灯も無かった
僕は、Tさんの家に行きたくないと言った
怖くてイヤだと言った
僕が何度も言ったせいか
祖母は、笑顔で、「いいよ」と言ってくれた
「Tさんの家、行かなくても、いいよ」と言ってくれた
僕は、ホッとした
そんなことがあって、1週間くらい経った頃
姉が怪我をしていることを知った
右肩から腕にかけて、包帯を巻いていた
母が姉の包帯をほどいて
消毒液を塗りだした
二人の会話を聞いていたら
走っていて転んで、怪我をしたことが分かった
だけど、そのあと
「傷口に、ガラス瓶のカケラが、まだ残ってるね」
って母が言った
僕は、その時、気がついた
姉は、牛乳配達に行ったんだ
僕の代わりに、Tさんの家に
牛乳配達に行ってくれたんだ
だけど、転んじゃったんだ
牛乳瓶を持ったまま、転んじゃったんだ
それで、怪我しちゃったんだ
だけど、姉は、なんにも言わない
僕に、なんにも言わない
さっきも、一緒に遊んでくれた
ニコニコしながら、遊んでくれた
なんで、なんにも言わないんだろう
父も、母も、おじいちゃんも、おばあちゃんも
なんにも言わない
僕に、なんにも言わない
なんにも、なんにも、なんにも言わない
僕が悪いのに
僕のせいなのに
僕がわがまま言ったから
お姉ちゃんが怪我しちゃったのに
みんな、なんにも言わない
なんにも、なんにも、なんにも言わない
みんな、なんにも言わないから
僕も、なんにも言わない
だけど、明日から、Tさんの家に行こうと思った
牛乳配達に行こうと思った
墓地が近くても、街灯が無くても
暗くても、怖くても、行こうと思った
絶対、行かなきゃいけないと思った
宮尾昌亜