65歳の現役バレリーナ、森下洋子さんがブルガリア東部バルナでの国際バレエコンクール50周年記念の特別ゲストとして、40年ぶりにこの舞台に立ったことを新聞で知った。
彼女は、40年前(1974年)に1位を受賞、その後の彼女の転換地点となった場所。
彼女は広島市で生まれた被曝二世だ。
「平和」を願う気持ちは人一倍であろう。
「世界の人々が平和に仲良く手を取り合って生きていこうとの願いを込めて踊った」と語った。
彼女が今回選んだ曲が「鳥の歌」と知って、胸が躍った。
夫である清水哲太郎さんの振り付け。
この曲は皆さんもご存じのように、スペインの世界的チェリストの故パウロ・カザルスが生まれ故郷のカタールニャ地方の民謡を編曲、平和の祈りを込めて演奏したことが有名である
私はクラッシックならぬ、浪花節がラジオで流れるような家の出なので、学校に行くようになって初めてクラシックと出会った。
でもしかし、クラシック音楽というのは、長、中、短とあり小作品などは、身近にあふれていて、知らぬ間に体に入り込んでいることに気づいた。
子供が幼いころ、地元の街でハープとチェロのコンサートが開かれた。最前列で子供たちと鑑賞した。
その時に演奏されたのが「鳥の歌」
その時初めての出会いだったけど心に響いて涙が出そうだった。
CDも販売されてたので求めた。
そしてカザルスのことを知った。
知れば知るほど感動した。
カザルスは、スペイン内戦が勃発するとフランスに亡命し、終生フランコ独裁政権への抗議と反ファシズムの立場を貫いた。
抗議のために演奏活動も中止したが彼のもとには世界中のチェリストが師事を仰ぎに訪れたという。日本人も何人も訪れている。
故郷の平和を願い、反戦を貫いたカザルスは、1945年第二次世界大戦が終了すると、演奏を再開した。
そして94歳の時、国連平和賞を受けた。
これがその時の彼の言葉と演奏。
故郷、カタルーニャでは鳥たちは、「Peace Peace Peace」と鳴く・・・。
一人一人が強い反戦意志をもつことはいま必要なことだと思う。戦争に巻き込まれないために。
パブロ・カザルス 鳥の歌 1971年 国連にて Song of the Birds
彼女は、40年前(1974年)に1位を受賞、その後の彼女の転換地点となった場所。
彼女は広島市で生まれた被曝二世だ。
「平和」を願う気持ちは人一倍であろう。
「世界の人々が平和に仲良く手を取り合って生きていこうとの願いを込めて踊った」と語った。
彼女が今回選んだ曲が「鳥の歌」と知って、胸が躍った。
夫である清水哲太郎さんの振り付け。
この曲は皆さんもご存じのように、スペインの世界的チェリストの故パウロ・カザルスが生まれ故郷のカタールニャ地方の民謡を編曲、平和の祈りを込めて演奏したことが有名である
私はクラッシックならぬ、浪花節がラジオで流れるような家の出なので、学校に行くようになって初めてクラシックと出会った。
でもしかし、クラシック音楽というのは、長、中、短とあり小作品などは、身近にあふれていて、知らぬ間に体に入り込んでいることに気づいた。
子供が幼いころ、地元の街でハープとチェロのコンサートが開かれた。最前列で子供たちと鑑賞した。
その時に演奏されたのが「鳥の歌」
その時初めての出会いだったけど心に響いて涙が出そうだった。
CDも販売されてたので求めた。
そしてカザルスのことを知った。
知れば知るほど感動した。
カザルスは、スペイン内戦が勃発するとフランスに亡命し、終生フランコ独裁政権への抗議と反ファシズムの立場を貫いた。
抗議のために演奏活動も中止したが彼のもとには世界中のチェリストが師事を仰ぎに訪れたという。日本人も何人も訪れている。
故郷の平和を願い、反戦を貫いたカザルスは、1945年第二次世界大戦が終了すると、演奏を再開した。
そして94歳の時、国連平和賞を受けた。
これがその時の彼の言葉と演奏。
故郷、カタルーニャでは鳥たちは、「Peace Peace Peace」と鳴く・・・。
一人一人が強い反戦意志をもつことはいま必要なことだと思う。戦争に巻き込まれないために。
パブロ・カザルス 鳥の歌 1971年 国連にて Song of the Birds
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