棺
Ⅰ
通夜が果てたので
おかあさん
この夜の静けさのなかに
あなたの棺を置いていきます
長くはなかったかもしれない
幸福ともいえなかったかもしれない
あなたの一生
今 天に向けて
からだを伸ばす
あのなつかしい
優しい顔のまま
深くふかくねむる
おかあさん
この夜のひろさの中に
置いていきます
あなたのさいごの場所
小さなちいさなあなたの棺を
Ⅱ
三十二年
母はねむっている
わたしの頭の柩のなかで
母はときおり目をさます
わたしは柩の蓋をあける
そして すこし泣く
あなたが息を止めたとき
わたしは泣けなかった
あなたが焼かれているあいだ
わたしは泣けなかった
あなたの骨を埋めたとき
わたしは
泣けなかった
家を出るまで
わたしはあなたの乳を吸った
あたらしい家族をもってから
わたしは
妻と子らに私の乳を吸わせた
あなたのいのちをつたえた
わたしの頭のなかで
太った母がわらっている
わたしを見てわらっている
八重歯がひかっている
その笑顔にむかって時おり
わたしはすこし泣く
●ご訪問ありがとうございます。
ロシアでも兵士の戦死者が増えています。ウクライナでは、兵士だけでなく市民もたくさん亡くなっています。みんな家族があります。みんな「母の子」です。
私自身の母の死を思います。思うことで、遠いロシアやウクライナが近づいてくるような気がするのです。