自分教Ⅰ
1 自我強し おのれを恃(たの)む「自分教」
「自我」を「エゴ」と読む
自分大好きと自分大嫌い それは
うぬぼれと自己卑下の顔をもつ
エゴの双子 なのかもしれぬ
2 聖書読む 他人のような顔をして
聖書を開くことは何となくうしろめたい
耳切り落とした自画像 それを描いたゴッホのようには
鏡に 弱い、傷ついた自分の顔を映しだせない
まるでタマシイが神の目に見透かされそうで
3 どれだけの欠片(かけら)を棄ててヒトとなる?
生まれたての無垢(むく)な魂は
時とともにエゴの皮を厚くしていく
もう一度無垢になりたい そうかなしくねがう者は
鉛筆の芯より細い魂のため 今日も黙って心を削(そ)いでいく
4 血迷った? オレが聖書を買うなんて!
「自分教」ということばを思いついたとき、長い間自分にこだわって生きてきた己という者の姿が見えたような気がした。「信仰」の真反対にある姿である。高校生の、聖書を買おうかなと思った自分、それはその後何十年も葛藤をし続けることになった「自我からの解放」「神さまへのより頼み」の最初の自分だった、と思う。
★わが影を 肩車して 青き踏む
★いつも読んでくださり、本当にありがとうございます。
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