フ・ウ
1
病んだひとがフウと言う
フーではなく フ・ウと言う
体のだるさ・重さを吐きだす息でもない という
心のせつなさを嘆く声でもない という
病に降参する その白旗などではもちろんない という
フ・ウ そう言えば息が通るのだという
竹の節を抜いたみたいに自分から世界へ
フ・ウ そう言えば負けない気持ちになるのだ という
世界が生きた空気に満ちているとわかって
―フ・ウ
2
寝床に入ると不安が胸の真ん中を這いあがってくる
暁け方 ようやくうとうとしてきた頭に恐怖が襲う
手の先足の先が冷たい
気づくと息が浅くなっている
病んだひともわたしもまだ何も失くしていないのに
こんなにオロオロしている
フ・ウと言ってみる
くり返しくり返し言ってみる
すると息がちょっと変わる
どぶからゴミが除かれたように
夜はまだ明けきっていないが わたしは床を出る
これから今日の二人分の朝飯を作る
ザ・深呼吸
1
病んだひとのこころは ぜんぶが
耳になったり目になったりする
びりびりびりびり震えている
わたしの言葉よ
口の中で百度くり返してから相手の心をめざせ
わたしの頬よ できるだけ自然に
ふだん笑わぬ顔をいっそうこわばらせるな
だからといって
気を遣っています などと見抜かれてはダメだ
2
病んだから聞こえる
温かな声がある
病んだから見える
まなざしの優しさがある
病んだから
病みました そう言える神さまがいる
3
心にだって天気がある
晴れたり 曇ったり 荒れたり 穏やかだったり
心にだって重さもある
軽くなったり 重くなったり
だから心だって
浮いたり 沈んだりする
おまけに
赤くもなれば 青くもなる 灰色にも黒色にもなる
吸う息が浅くてはやいと心はしぼむ
吐く息が深くてゆっくりだと心はふくらむ
顎をちょっとだけでも上へ向けて
ザ・深呼吸
4
残りの命を「余った命」なんて言うの
おかしくない?
小学生の孫が口をとがらす
「余命」の字にひっかかったらしい
だが 今日の扉は開いても
明日のとびらが開くかどうか
だれも知らない
たとえ「余命」を告げられても
その時間は自分で決められない
だから 命は余らせぬ
最期のひと息までぜんぶ使い切る
さあ深呼吸をして
まずゴミ捨てに行こう
★たんぽぽの 何とかなるさ 飛んでれば
★いつも読んでくださり、ほんとうに有難うございます。
原爆のことを考えながら、また平和のことを考えながら、行き着くところは「死」のことだと思いました。そして「死」のことを考えることは「生」のことを考えることでもあると。
戦争は、人間の生を踏みにじり、死へと追い詰めていく残酷なものです。また病も、人間の生を傷つけ、死へと追い込んでいく残酷なものです。
峠三吉が『原爆詩集』序で「にんげんをかえせ」と叫びました。病んだ人も、いま病床で「わたしの健康をかえせ」と叫んでいるのではないでしょうか。