がんだって
1
病の告知を受けた日に
長男の妻が熱を出して苦しんでいた
―たいへん、可哀想に
うずくまってなんかいられない!
妻は立って台所へ行き
りんご一個をすりおろし
もう一個を煮りんごにし
シチューをつくり
煮ころがしの里芋を温めなおし
大根とコンニャクも煮返して
―もっと早く気づけばよかった
そう悔いながら
階段をのぼったりおりたりした
2
ヒトの千日は神の一日
というそうな
いま生まれ出たばかりの者には
この先は積み重ねていく時間にしか見えないだろう
だが 砂時計はもう逆さに返されているのだ
有難い一日 もったいない今朝
ぼくらは神じゃないから今日の光をアテにして
今夜までそれぞれの道を歩いて行こう
できたら笑って
3
がんだって病気の一つ
顔上げる
ふたりに一人ががんに罹(かか)るという。家族・親族、周囲の親しい人たちを見たら、思い浮かぶひとたちが何人もいる。種類はさまざまだが、「がん」という大きな円のなかに入っている。
孤独な病ではないのだ。
なあに負けるものか、という心意気で、堂々と病んでいきたい。
病む妻と声わらいつつ
飯を喰い
病名を告げられても妻は妻、変わりはない。すべてが病んだ妻でなく、妻の隅っこに病が陣取っただけである。
昨日と同じように、おとといと同じように、二人一緒に食卓につく。ニュースに憤慨したり、悲しんだり、バラエティ番組に笑ったりしながら。今日を生きる糧(かて)を腹の底にためていくのだ。
4
がん・癌・ガン どの字で書いたっていやな名だ
死のにおいプンプンじゃないか
―そうふてくされていた
検査検査で疲れ果て
不安で心配で眠れなくて食べられなくて
その挙句の告知と来たのだから
なに、二人に一人だって?
身近な病気なんだ 怖くないんだ
―そう言う声がきこえてくるじゃないか
負けてないひとたくさん居る
笑って今日を過ごそうとしているひと たくさん居る
健やかに病む
そしてほんとに健やかになる
死のにおいぷんぷんなんかじゃない
深い生き方を探せるチャンスなんだ
がんだって病気のひとつ
顔上げな
5
暮らしの大半を侵すような病はある。頭痛薬とか胃腸薬とか、市販の薬で短時間で回復するというようなものではない病。続く検査、病名の告知、入院、手術、治療など、「闘病」といいたい病である。
わたしは、「健やかに病む」ということばをずっと心に置いている。矛盾したことばだが、たとえ「闘病」の状態になったとしても、そのひとの全部が病に「占拠」されたわけではない。健やかな部分は必ず残っている。そう思う。事実、そのような姿を見せてくれた家族・親族・友人・知人たちの顔が思い浮かぶ。
顎は下がり気味になりやすい。
胸の息は浅くなりやすい。
朝の光が夜の闇をおおえないような気持ちになることもある。
でも健やかに病むこと、それを心に置き続けたい。
★たんぽぽの 何とかなるさ 飛んでれば
★いつも読んでくださり、ほんとうに有難うございます。