前回、人間とサルの掛け合わせの異常な研究についてブログを書きました。
世の末です。堕天使テクノロジーです💦
神が創られた自然な生命を変異させて、異常なものを派生させるのを楽しんでいる連中がいます。
キチガイ実験に利用されるおサルさんたちも可哀そうです😢
人間の邪悪な行為によって、動物、生物、食、環境は大きな打撃や破壊を受けます。
この世の神は悪魔だとありますが、まさに その通りです。
わたしたちの戦いは、血肉を相手にするものではなく、支配と権威、暗闇の世界の支配者、天にいる悪の諸霊を相手にするものなのです。エペソ6: 12
人の世界に邪悪な蛇が入ることを人が許してしまい、罪がこの世に入りました。
神が食べてはいけないと言った実を、蛇が食べても大丈夫と人を誘惑しました。人は誘惑に負け、神のことばを疑い、蛇の言うことを聞き入れてしまいました。
その後、神から人への裁きがあり、病気、死、労働の辛さ など、あらゆる不幸が人間の世界に入って来ました。
神は、人間に病気と老いと死を与え、塵に戻しました。
(人間はもともと神が土から創った存在です。しかし、死が与えらて以降、人間は骨になって灰になり、結局、土に戻ります。)
土に返るときまで。お前がそこから取られた土に。塵にすぎないお前は塵に返る。創世記3:19
結果、人間の始祖であるアダムとイブは、神の完全な平安にある楽園を追放されました。
そして、神を裏切った蛇(悪魔ルシファー)が、人間の世界の支配に入り、悪魔ルシフアーが この世の君となりました。
誘惑に魅せられて罪を犯したり、罪を楽しむ人々が増えて行き、人間界に罪が蔓延しました。
人間は、蛇(悪魔)につく者、神につく者に別れます。中庸とか、どちらでもないという人は いません。
私は悪魔についていない、と思っていても、神の存在を信じない、まことの神を神と認めないのなら、蛇の作戦にひっかかておりメクラにされています。
あなたが、現在、神についているか悪魔についているかを判断するのは、神さまです。
ワクチンを受けるか、ワクチンを受けないかの一つしか選べない選択と同じです。
神につくか、悪魔につくかです。
神につくには、神を心から信じる方法しかありません。
神を心から信じると見えない世界の力が働き護られます。
信じるとは、日々、神様と会話をして仲良しになるのです。
神様は私たちの心を求めておられます。儀式や御利益信仰では、神様とは本当の意味で仲良くなれません。
教会に通うことや洗礼を受けることと、神を親しく信じることは別物です。なぜなら、これらもある意味、儀式です。
神様との関係で何がスペシャルなのかと言えば、神様は生きておられる全能者なので、人間同士の友情以上に楽しいです。まず、最強に信頼できる方です。
人間どうしの友情では、忙しいからと断られたり、意見が違い口喧嘩をしたり、秘密をばらされたり、傷つくことを言われたり、羨まれたり、競われたり、裏切ったり、貸したおカネを返してくれない、恋人を取られたりなど、多々あると思います。
でも、神様はいつもあなたの味方です。そして、厳しい訓練はあったとしても、結果的に最善になるように導かれます。
神様は完璧な方ですから、人知では理解できなくとも、信頼して任せているなら失敗をも益として下さり、振り返った時、これで良かったと、あなたが納得できる導きで介入して下さいます。
肉の父親は、短い期間、自分が良いと思うままに私たちを懲らしめるのですが、霊の父は、私たちの益のため、私たちをご自分の聖さにあずからせようとして、懲らしめるのです。 ヘブル12:10
現在、悪の勢力が強力になってきているのは、神が、人間の罪に対して沈黙され始めている表れです。
テクノロジー、コンピューター、Al 、飽食、先端医療、金融、国力、兵力にうつつを抜かして来た人間は、自分たちが求めた、テクノロジー・食・オカネ・戦争によって破滅に至ります。
ワクチン、マイクロチップ、ロボットによる代用、Al 監視、経済崩壊、遺伝子組換え食品、紛争戦争など、人類が心を注いで求めたものに逆に喰われてしまう社会となります。
剣を取る者は皆、剣で滅びる マタイ26:52
神様は、全人類に平和の道を求めておられますが、人間世界が一番優れており、神は宗教の中に架空に存在している対象だとしか思ってない人は、神様の想いを知れません。
イエスはその都のために泣いて言われた。「もしこの日に、お前も平和への道をわきまえていたなら・・・。しかし今は、それがお前には見えない。」ルカ19:41〜42
神の存在を無視し、バベルの塔の階数をどんどん増やしていった人間側の傲慢に対して、神は限界を感じておられ、しばらく 沈黙されます。その沈黙期間が、艱難時代7年間の到来にあたります。
なぜ、神は助けてくれないんだ!神がいたら、助けてくれるだろ!と、神を恨んでしまう人が多々だと思います。
厳しいことを書きますが、人間は、神に文句を言う前に、自分がどれだけ神に感謝して神を認識して生きてきたのか、見つめなおす必要があります。開き直れば開き直るほど、降りかかる状況が困難になって行きます。
人間は、経済・便利・最先端・グルメ・ペット・ファッション・スポーツ、クールジャパンなど、眼の欲・腹の欲を中心に生きてきており、全てを豊かに与えて下さっている神を神として感謝もせず、御利益を求める対象として不当に扱ってきました。どの時代の人間も、厚かましく生きてきました。私だって未だに厚かましい時があります。感謝は足りませんが、自分なりに神様に感謝することは絶えません。まず、神様が隣に存在しているかのように、少しでも神様の存在を日常で認識してみて下さい。
神は私達を無理やり神の方に向けさせる強制はされません。神を選ばない生き方も自由意思で選択できます。
私達は舌で、父である主を賛美し、また、舌で、神にかたどって造られた人間を呪います。同じ口から賛美と呪いが出て来るのです。ヤコブ3:9。
私自身、神様が大好きで、謙虚な時があっても、神を愛すると言いながら、頭に来ると他人の事をクソジジイとか思ったりする具合です(;^ω^)💦 よく言えば気持ちに素直ですが、もろ偽善者ですよ。
信仰を持ってても失敗する人間の弱さと不完全さに対して、神様は尊大で寛大で愛あるゆえ、大目に見て忍耐し、赦して下さいます。
神様は、寛大な方です。
宗教とか架空の存在ではありません。あなたが、あなたの創造主である神様に立ち返れますように。
神様はこの世のすべてのものを、愛を持って人類に与え続けて来られました。愛情いっぱい夢いっぱい💛 です。
神はノアと彼の息子たちを祝福して言われた。
「産めよ、増えよ、地に満ちよ。地のすべての獣と空のすべての鳥は、地を這うすべてのものと海のすべての魚と共に、あなたたちの前に恐れおののき、あなたたちの手にゆだねられる。動いている命あるものは、すべてあなたたちの食糧とするがよい。わたしはこれらすべてのものを、青草と同じようにあなたたちに与える。ただし、肉は命である血を含んだまま食べてはならない。また、あなたたちの命である血が流された場合、わたしは賠償を要求する。いかなる獣からも要求する。人間どうしの血については、人間から人間の命を賠償として要求する。人の血を流す者は 人によって自分の血を流される。人は神にかたどって造られたからだ。あなたたちは産めよ、増えよ 地に群がり、地に増えよ。」
神はノアと彼の息子たちに言われた。
「わたしは、あなたたちと、そして後に続く子孫と、契約を立てる。あなたたちと共にいるすべての生き物、またあなたたちと共にいる鳥や家畜や地のすべての獣など、箱舟から出たすべてのもののみならず、地のすべての獣と契約を立てる。わたしがあなたたちと契約を立てたならば、二度と洪水によって肉なるものがことごとく滅ぼされることはなく、洪水が起こって地を滅ぼすことも決してない。」
更に神は言われた。「あなたたちならびにあなたたちと共にいるすべての生き物と、代々とこしえにわたしが立てる契約のしるしはこれである。すなわち、わたしは雲の中にわたしの虹を置く。これはわたしと大地の間に立てた契約のしるしとなる。わたしが地の上に雲を湧き起こらせ、雲の中に虹が現れると、わたしは、わたしとあなたたちならびにすべての生き物、すべて肉なるものとの間に立てた契約に心を留める。水が洪水となって、肉なるものをすべて滅ぼすことは決してない。雲の中に虹が現れると、わたしはそれを見て、神と地上のすべての生き物、すべて肉なるものとの間に立てた永遠の契約に心を留める。」
神はノアに言われた。「これが、わたしと地上のすべて肉なるものとの間に立てた契約のしるしである。」
創世記9:1~17
私が、こういう暴露系の怖いブログを書く理由に、闇の勢力(悪魔、悪霊、それに従う爬虫類人間)が、実在していることに気付いて欲しいからです。
単に、ヒトラー、ディープステイト、ビルゲイツなど、目で見える悪人だけが人類の敵ではなく、その上に、悪魔・悪霊が君臨していることに気付いて欲しいからです。
そして、もちろん、これらの存在の反対側に、全ての主権を持つ神が存在します。そして、闇は神に勝てません。
善と悪の闘いです。この世は、二元論なのです。
コチラの記事は難しいですが 興味ぶかい内容です。仏教の中にも二元論に答えを見い出した考えがあったようです。
>>親鸞・道元・日蓮など、現実にたいする積極的な救済・実践につとめた鎌倉新仏教の祖師たちも、法然のあとを受けて、なにほどか相対的二元論の形態をとった。
しかし、相対的二元論 も 絶対的一元論 も、突き詰めて行くと同じです。人間側からの不完全な理解の視点からでは、まるで別物のように解説されていますが、所詮、人間の哲学です。
木だけに目をやるのではなく、森全体を見れば、やはり、同じ創造主から幸も不幸、祝福も呪いも出ていることが判ります。人間が心から罪を改め訓戒を受け、神に立ち返るまで、神は沈黙されます。
20.申命記28章1節-68節『祝福と呪い』
申命記28章は、モーセの第二説教の結びの部分で、26章の続きとして展開されています。主題は、主の御声に従う者には祝福を、主の御声に聞き従わず...
鳥井一夫 聖書の部屋
もちろん、悪を生み出すのは神御自身ではなく、人間が罪を犯し続けることの裁きとして、神が悪魔のすることに対して、しばらく沈黙されます。
2012年10月11日祈祷会(ヨブ記21章、人生の幸不幸は神から来るのか) - 日本バプテスト連盟 篠崎キリスト教会
1. 新しい神を見出したヨブ ・ゾパルはヨブに「悪人は必ず滅ぶ」と力説するが、ヨブは「世の現実を見る限りそうではない」と反論する「悪人でも栄...
日本バプテスト連盟 篠崎キリスト教会
仏教も素晴らしい。しかし、仏教を通して創造主を見つけるためには、人間的な解釈と哲学が行く手に阻まっており、神との出会いが遠回りになります。神と出会ことに至る道になかなか到達しません。
人類を救済する神様の教えは、とてもシンプルです。
滝に打たれたり、座禅をしたり、四国遍路など辺地修行の修行、断食の頻度、献金の額、聖書の深い知識、祈りの時間の多さ、奉仕の量 など、神と出会うことの条件や過程に関係ありません。
神が人類に送られた御子イエスが自分の罪の代価を払って下さったと信じ、罪を悔い改める事だけです。
永遠の命を手に入れるのは、本当にシンプルです。
Ⅰ コリント1:18~25
(18) 十字架の言は、滅び行く者には愚かであるが、救にあずかるわたしたちには、神の力である。
(19) すなわち、聖書に、「わたしは知者の知恵を滅ぼし,賢い者の賢さをむなしいものにする」と書いてある。
(20) 知者はどこにいるか。学者はどこにいるか。この世の論者はどこにいるか。神はこの世の知恵を、愚かにされたではないか。
(21) この世は、自分の知恵によって神を認めるに至らなかった。それは、神の知恵にかなっている。そこで神は、宣教の愚かさによって、信じる者を救うこととされたのである。
(22) ユダヤ人はしるしを請い、ギリシヤ人は知恵を求める。
(23) しかしわたしたちは、十字架につけられたキリストを宣べ伝える。このキリストは、ユダヤ人にはつまずかせるもの、異邦人には愚かなものであるが、
(24) 召された者自身にとっては、ユダヤ人にもギリシヤ人にも、神の力、神の知恵たるキリストなのである。
(25) 神の愚かさは人よりも賢く、神の弱さは人よりも強いからである。