顔/FACE TO FACE (1967)
☆事件
エラリイを訪れた若い女優は彼に重大な告白をした。グローリー・ギルドの殺害計画を打ち明けられたというのだ……歌手グローリーの生涯は数奇に満ち、波瀾に富んでいた。全盛時代の彼女の歌声には激情と哀愁がこもり、聴く者の心をかきむしったものだ。巨万の富を築いた彼女は栄光の思い出をかみしめながら、自叙伝の執筆にとりかかっていた。そんなある日、不幸が彼女を見舞った。何者かに心臓を撃ち抜かれたのだ。その死に際に残された文字はたった一語----「顔」
驚くべき告白とダイイング・メッセージの謎!エラリイが見せた推理とは?
(ハヤカワ文庫カバー紹介文より)
☆登場人物リスト
ハリー・バーク・・・私立探偵
グローリー・ギルド・・・歌手
カーロス・アーマンド・・・グローリーの夫
ジーン・テムプル・・・グローリーの秘書
ロレット・スパニア・・・グローリーの姪
ロバータ・ウェスト・・・女優
セルマ・ピルダー・・・芸能エージェント
ウィリアム・マロニー・ワッサー・・・弁護士
キップ・キップリー・・・コラムニスト
マルタ・ベルリーナ・・・オペラ歌手
マガー・・・浮浪者
スポッティー・・・マガーの相棒
ユーリ・フランケル・・・弁護士
エラリイ・クイーン…犯罪研究家
リチャード・クイーン…エラリイの父。警視
☆コメント
『顔』は、そこそこおもしろい作品だと思います。晩節のクイーン作品では、『盤面の敵』『第八の日』と合理主義的には「?」の問題作が続き、『三角形の第四辺』はいまいちで、『恐怖の研究』ははっきり言って色物だし、という状況のなかで、ひさびさにクイーンらしい本格パズラーだったかなと思わせてくれたのが『顔』でした。
とは言え、タイトルにからんでダイイング・メッセージが前面にでてくるところはなんだかなぁ・・・という感じです。クイーンらしいと言えばそうなのですけど、クイーン以外の作家だったらとうていこういう書き方はしないでしょう。
ダイイング・メッセージというのは、きちんとした必然性がないと、ものすごく不自然なんですよね。パズル性を重視した小品ならともかく、長編小説でダイイング・メッセージで引っぱるというのはあまり感心できません。今回は、メインのプロットを見ていくと、なにもダイイング・メッセージを持ち出さなくてもよかったのではないかと思えるのですけど。
作者のクイーンが、被害者グローリー・ギルドを本格推理小説ファンでパズル好きの人物に設定することにより、不自然さを少しでも軽減しようとしているのはわかります。それで、被害者が秘密のインクを使って日記に手がかりのメッセージを残したことは納得できるのですけど、その隠された手がかりを指し示す直接の手がかりが、ピストルで撃たれた被害者が残したダイイング・メッセージというのはどうなんでしょうか。
①被害者が即死して直接のダイイング・メッセージを残せないリスク。
②直接のダイイング・メッセージは残せたものの、捜査官が手がかりの日記に関連づけることをしないというリスク。
③秘密のインクで書かれた日記のメッセージが発見されても、その意図を捜査官に理解してもらえないリスク。
ちょっと考えただけでも、あまりにもリスクが多すぎます。
わたしがグローリーだったら、こんなリスクをしょってまでダイイング・メッセージにこだわろうとは思わない。予期せぬ襲撃に、とっさのダイイング・メッセージを残すというのなら(これもかなり無理っぽいけど)、まだわかります。グローリーの場合、最初から襲撃を予期し、覚悟をきめていて、準備の時間もあったわけだから、メッセージを残すにしてもほかにもっといい方法があったでしょう。
たとえば、この物語のなかで重要な役割をする私立探偵のハリー・バークにメッセージを託すこともできたでしょう。「もし私の身になにかあったら、“顔”を探してほしい」とか。バークなら完全な第三者だし、襲撃が行われなかった場合はそのまま忘れられてしまうでしょうから好都合なんですけど。
それなのに、無理の多いダイイング・メッセージの形になってしまったのは、もちろん作者がそうしたかったからです。登場人物に、自然に考えていけば普通はとらないと考えられる行動をとらせてしまうのは、作者の悪いくせです。クイーンの場合派手な演出という誘惑に弱いみたいですね。これはしようがないのかもしれませんけど。
グローリーがもっとギャンブラー的なキャラクターとして描かれていれば、リスキーなダイイング・メッセージに頼ることももあるかもしれませんけど、夫であるカーロスとの契約などから考えると理性的な人物に描かれているから、ちょっと無理かなという感じはします。もっともグローリーはカーロスの裏切りに対しては既に金銭的な復讐をはたしているので、カーロスの悪事の指摘は二の次という意識があったとも考えられます。その場合、なりゆきまかせのダイイング・メッセージという、ギャンブラー的行動もありかな。そのあたりの心情をもう少しくわしく、グローリー自身の言葉で説明してあれば納得できるかも。彼女はどういうつもりで犯人を指摘する秘密の「手記」を残したのか。
他の登場人物のキャラクターですけど、メロドラマ路線としては、まずまずの描かれかたではないでしょうか。カーロス・アーマンドのジゴロぶりは漫画的で笑えますし、彼が最初からばればれの殺人の黒幕として描かれていいるのもうまいです。また、純情キャラのハリー・バークも、ちょっと類型的だけどこの作品になくてはならない人物ですね。
(Eirakuin_Rika)
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