2/19に、教習所での技能検定を卒業。
とはいえ、卒業証明書ほか二俣川にある神奈川県運転免許試験場へ
持参する書類が2/20午後でないと受け取れず、なんとなく実感ないまま…
卒業に向けて頑張ってくるけど、終わりがくると割とあっさりというか(笑)
20日の夜、会社帰りに書類を取りに行く予定でいたけど、
帰り際に上司に見せた書類の件で話が長引き…会社から1時間かかるゆえ
お詫び連絡のうえ、翌日に繰り越し。
21日の夜21時頃、無事受領。
遅くまで教習所がやっててくれるおかげで、なんとかスムーズに来れました。
説明を受けて、不明なことがあったので一度適性相談窓口へ連絡を入れることに。
あとは二俣川での試験対策…。
なんとか2月中に片付けたい→土日で勉強→平日スケジュール空けて受験、と
どこで行こうか、スケジュールとにらめっこ。
2/29という四年に一度しかない日に行くのもいいなと思っていたけど
スケジュールが無難な2/28に行くことに決めた。
そこから、教習所のEラーニングで試験練習問題をがつがつ解く。
なかなか100点満点とれず。90点で合格だから、一度はとりたかった…
点が安定しなくてちょい不安。
ゆえに試験前日の夜も帰宅してから練習問題やっていて、寝るのが遅かったのだけど
当日朝、家を出ようと思っていた時間に目が覚めて、焦る。
起きるなりえーっと叫んでドタバタ支度し、20分弱で家を出た。
やればできる、とはいえ心臓に悪い。駅までは大人の手段じゃ。
横浜からの相鉄線には予定通り乗れて、試験場にもオンタイム。
適性相談窓口に8時に行くと、7月に適性検査をやってくれたおっちゃんSさんがいた。
卒業してきましたー、というと、よしじゃ見てみようと検査準備。
あとひとがんばり、と励まされつつ、なんとか検査クリアで証明書類に捺印いただく。
その後、「手続きに行くよー」と促され一緒に部屋を出て、一般の受験の方が
受付待ちで並んでいる横をおっちゃん顔パスで通りぬけ、「ここで待ってて」と
座っている間におっちゃんが全部手続きまでしてくれて、さらに試験会場の部屋まで
道案内をしてくれる特別待遇。かえってすみません…。
この日は、とにかく受験者が多かったらしく、軽く300人は超えていた模様。
試験開始時間になっても、まだ次々に人が入ってくるくらい。
9:15にスタートして、ゆっくり読んでやっていたら制限時間まであっという間。
でも教習所でもらっていた練習問題のおかげで、結構いけた感覚はあり。
またゾロゾロと退出して、結果発表まで待機。
11:00の発表は、巨大電光掲示板にて。
全体的に地味なというか、昭和の雰囲気がバリバリ漂う館内のなかで
ひときわ最先端というか…シーガルくんも映し出される派手な電光に続いて
合格者の受験番号がばーっと並ぶ。
あった!
たくさん数字が並んでいるなか、自分の受験番号はすごくわかりやすい数字だったため
すぐに見つけられてほっとするー。
ああ、よかった、受かったよ!2月中に取れたよ!!
ふたたび、教室へ集合し、写真撮影待機。
おどろくべき流れ作業というか、ほぼノンストップではけてゆく手際に
感心しつつ中途半端な寝不足顔の写真も撮り、14時の免許証発行まで、また待機。
ここまでで12時前だったのかな。
徒歩15分の道のりを駅前まで歩いていってまた戻ってくるのも面倒だしなあ、と
仕事の電話したり、メールしたりで結構時間はつぶせました。
ブログ記事も1本書けた。
14時に、また300人近くいると思われる殺到のなか免許が無事交付されました。
やっと手にした、身分証明書。
自分も頑張った証として、なんだかいとおしいぞ。思い切ってたくさん運転しよう♪
家族の今後を考えて自分が運転できたほうがいいはず、とずっと思いながらも
20年近くなかなか踏み出せなかったところ、きっかけとなったのはやはり震災の影響大。
運転できたら、いざという時に誰かの役に立てることも多いはず、と強く思えたから。
震災発生から1年を迎える前に、
自分の生活を少しだけ、自分が出来ることを増やせたのは、とても大きなことでした。
お世話になった教習所の、のべ30人以上のインストラクターの皆さん、
落ち込んでも励まし支えてくれた家族、
やりくり都合を快諾、応援してくれた上司、同僚、
声援おくってくれた皆さん、本当にありがとう!
←教習所でプレゼントしてくれるものだったんだね!