「白秋」に想ふ―辞世へ向けて

人生の第三ステージ「白秋」のなかで、最終ステージ「玄冬」へ向けての想いを、本やメディアに託して綴る。人生、これ逍遥なり。

謙虚な科学―『「科学にすがるな!」』

2015年09月08日 | Science
☆『「科学にすがるな!」』(佐藤文隆・艸場よしみ・著、岩波書店)☆

  いわゆるサイエンスカフェや講演会、一般人も参加できるシンポジウムなどでは、相変わらず「宇宙」をテーマにしたものには人が集まるようである。「宇宙」の専門家ではないこの人たちは、いったい何を求めてわざわざ足を運ぶのだろうか。ここで「宇宙」と一括りにしてしまったが、例えばあの「はやぶさ」の話題と「ビッグバン」の話題とは、直接的に何の関係もない。しかし、一般と人たちにとっては、どちらも「宇宙」の話に変わりはなく、そこにある種のロマンや深淵な真理が隠されているのではないかという思いに、こころが動かされているのではないだろうか。あるいは、知識を増やすことで快感を得ようとしているのかもしれない。
  フリー編集者の艸場よしみさんは「死についての実感」を求めて、理論物理学者の佐藤文隆先生のもとを訪ねた。本書はこの二人の対話を綴ったものである。しかし、艸場さんの問いかけに対して、佐藤先生は「死についての見方をサイエンスに求めるな」と素っ気なく、二人の対話は冒頭から噛み合わない。読んでいる方も、佐藤先生はいったい何を言いたいのかとイライラさせられる。それでも、話題は宇宙、世界観、時間へと進み、会話の背後に何ものかが見え隠れしてくる。最後の三分の一の「科学の役割」や「学ぶ意味、生きる意味」に至って、話題はようやく収束へと向かう。物質的な実在を解明しようとする科学(物理学)では人間や死のことはわからない。人間は死ぬことで物質的実在としては解体されるが、「けなげに生きる」ことで第三の世界(人間の外界、内界に対して、人間が社会的に受け継いできた世界)に「記憶」として残っていく。それは「物質」として実在するのと同じくらい確実なものであり、艸場さんはイスラム哲学の言葉を借りて「存在が花する」と表現する。死後の世界があってもなくても、とにかく一所懸命に仕事をして生きていこうという艸場さんの姿勢は、“生についての実感”が込められていて勇気づけられる。
  佐藤先生の側に立って(言葉に沿って)本書を読みなおしてみると、いまの科学の有り様についても少なからずヒントを得ることができる。「宇宙」の話を聞くことで新たな知識が付け加えられるが、それ自体に意味はない。佐藤先生の言葉を借りれば、アイドルの名前を覚えるのと大差ない。知識を得ることで何らかの事態に対処ができ、対処するために知識を得るのでなくてはならない。昨今のサイエンスカフェなどを見ていると、ロマンを語ることで科学に関わる人口を増やそうとしているように思われる。ロマンを語ること自体、否定はしないが、それだけでは科学についての認識を誤ることになるだろう。佐藤先生は原子力と湯川秀樹に憧れて物理学を志した。科学者は宇宙であれ原子力であれ、研究することにワクワクする人種である。だからこそ、科学が公共財でるからには、科学の予算配分や方向性は市民が決めなくてはならない。科学のシビリアンコントロールである。「科学のための科学」であってはならないし、科学のことは科学者や為政者に任せておくという姿勢は危険である(余談だが、現政権が進めようとしている安保法案は、科学技術の軍事化にも関連していることを知るべきだろう)。
  いま科学は「科学技術」として大きな成功を収め、また3.11の被災を経験したことで、市民の大きな関心事となっている。さらにまた何億光年先の宇宙や太古の生命などといった日常とかけ離れたロマンが語られることで、科学は現実逃避の隠れ家となっているようにも見える。現実には、科学は人類の未来に役立つ知識を提供してくれているが、一方で人類滅亡の引き金にもなりかねない。だからこそ、ロマンを強調し知識を付けたすだけの科学の啓蒙活動には、何か不健全なものを感じてしまう。原子力に憧れていた佐藤先生がいま、科学や知識の有り様について自らの思いを語るのは、その謙虚さの現れであろう。いま求められているのは「科学のための科学」ではなく、プラスイメージもマイナスイメージもあらわにした「謙虚な科学」ではないかと思う。
  対話という形式から、本書は気軽に読みはじめたが、すぐに一筋縄ではいかないことがわかった。読めば読むほど迷路を引き回されるような感覚に陥った。結局3度読み返した。それでようやく拙い感想を書くことができた。それでもまだ佐藤先生の主張を正確に読み取っているという感覚にはなっていない。まだまだ浅薄な理解にすぎないかもしれないし、誤った解釈をしているのではないかと思ったりもする。こういった経験はめずらしい。佐藤先生の他の著書を読むことで、さらに理解を深めたいといま思っている。

  

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