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☆『原子力災害からいのちを守る科学』(小谷正博 他・著、岩波ジュニア新書)☆
曲がりなりにも学生に理系の初歩を教えている身分なのだが、そんな自分が恥ずかしくなるほど、この本はとても勉強になった。原子力とは何かを科学的(自然科学的)視点から考える上で必要不可欠な知識が、とてもわかりやすく解説されている。もちろんわかりやすくとはいっても、最低限中学程度の理科は履修済みであること、できれば高校レベルの理科(化学と生物を中心に、ある程度の物理と地学も)を履修していることが前提条件になりそうだ。ただし試験にでるような計算問題ができなくても、ほとんど支障はないと思う。
原子力発電であれ原子力災害であれ、原子力のことを理解するには高度な知識が必要に思うものだが、実は高校レベルの知識で、その基本は十分にカバーできることがよくわかる。それは思い込みや誤った知識の訂正にも役立つことを意味している。たとえば、福島の原発事故の際、水爆(水素爆弾)と水素爆発を混同した人がいたと聞いた。本書ではそのちがいを水蒸気爆発も含めて説明している。単位のベクレルとシーベルトとのちがいについても、かなり具体的に説明されている。除染は放射性物質を除去することではなく、実際にはその移動にすぎないとも書かれている。放射性物質は煮ても焼いてもなくならないのである。セシウムが細胞に、ストロンチウムが骨に取り込まれやすいといわれているが、その理由を元素の周期表にもどって説明されると、まさしく目から鱗である。
原子力災害といえば、放射線の生体(人体)への影響がもっとも懸念され、誰もが一番知りたいことだろう。本書では染色体やDNAの構造や働きにまでさかのぼって、フリーラジカルの生成などかなり高度な部分もあるが、ひじょうにていねいに解説されている。また、放射線量と障害の程度の関係や、確定的影響と確率的影響のちがいなど、このような基本的な知識があるかないかで、話がかみ合わなくなる可能性もあるように思う。広島・長崎に投下された原爆や、チェルノブイリの原発事故と東海村JCO臨界事故からの教訓も得るところが多い。
本書のタイトルは「原子力災害」となっているが、放射線や放射能物質の農業・医療分野などでの利用についてもきちんと触れられている。また、いわゆる公害や公害物質について説明した後、放射性物質は公害物質かという問いかけもしている。最終章では、新エネルギーに期待を示しながらも現状はまだまだ研究段階にあるとし、同時に原子力は核兵器と背中合わせであるとも述べている。いま原子力について何かを書こうとすると、どうしても推進派か反対派かに色分けされてしまう。本書は原子力災害をテーマにしながらも、原子力一般について科学リテラシーを身につけさせることを意図していて、イデオロギーを排したバランスのとれた記述をしているように思う。
序章には「この本には結論はありません。(中略)自分で考えていただきたいのです」と書かれている。そして終章は次の言葉で結ばれている―誰かが「これが正しい方向だ」ということに従うほうが、はるかに楽だと思うかもしれません。しかし、覚悟しましょう。いまこそ、あなたの意見はあなたが自分でつくらなくてはならないのです―と。本書は、一人ひとりが自らの意見を作るための足がかりになってくれる良書である。
追記:本書を初めて目にしたとき、ピンクっぽいカバーがとても気に入った。硬派のタイトルとピンクは合わないと思われがちだが、女性や女子学生でもすっと手を伸ばしてくれそうな色づかいは、むしろ難解なイメージを和らげてくれるように思う。これもまたサイエンス・コミュニケーションの重要な一面であるはずだ。ところで、たまたまこのイラストを描かれたイラストレーターの方のブログを見つけた。カバーの絵は手描きの水彩画だそうである。思わず目を引き付けられた柔らかなピンク色の秘密は、この手描きの水彩画にあったのだと納得。イメージは原子の忍者が中性子ボールでテニスをしているところとのこと。科学書のカバーを何冊も描かれた方らしく、この発想にも脱帽した次第。
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曲がりなりにも学生に理系の初歩を教えている身分なのだが、そんな自分が恥ずかしくなるほど、この本はとても勉強になった。原子力とは何かを科学的(自然科学的)視点から考える上で必要不可欠な知識が、とてもわかりやすく解説されている。もちろんわかりやすくとはいっても、最低限中学程度の理科は履修済みであること、できれば高校レベルの理科(化学と生物を中心に、ある程度の物理と地学も)を履修していることが前提条件になりそうだ。ただし試験にでるような計算問題ができなくても、ほとんど支障はないと思う。
原子力発電であれ原子力災害であれ、原子力のことを理解するには高度な知識が必要に思うものだが、実は高校レベルの知識で、その基本は十分にカバーできることがよくわかる。それは思い込みや誤った知識の訂正にも役立つことを意味している。たとえば、福島の原発事故の際、水爆(水素爆弾)と水素爆発を混同した人がいたと聞いた。本書ではそのちがいを水蒸気爆発も含めて説明している。単位のベクレルとシーベルトとのちがいについても、かなり具体的に説明されている。除染は放射性物質を除去することではなく、実際にはその移動にすぎないとも書かれている。放射性物質は煮ても焼いてもなくならないのである。セシウムが細胞に、ストロンチウムが骨に取り込まれやすいといわれているが、その理由を元素の周期表にもどって説明されると、まさしく目から鱗である。
原子力災害といえば、放射線の生体(人体)への影響がもっとも懸念され、誰もが一番知りたいことだろう。本書では染色体やDNAの構造や働きにまでさかのぼって、フリーラジカルの生成などかなり高度な部分もあるが、ひじょうにていねいに解説されている。また、放射線量と障害の程度の関係や、確定的影響と確率的影響のちがいなど、このような基本的な知識があるかないかで、話がかみ合わなくなる可能性もあるように思う。広島・長崎に投下された原爆や、チェルノブイリの原発事故と東海村JCO臨界事故からの教訓も得るところが多い。
本書のタイトルは「原子力災害」となっているが、放射線や放射能物質の農業・医療分野などでの利用についてもきちんと触れられている。また、いわゆる公害や公害物質について説明した後、放射性物質は公害物質かという問いかけもしている。最終章では、新エネルギーに期待を示しながらも現状はまだまだ研究段階にあるとし、同時に原子力は核兵器と背中合わせであるとも述べている。いま原子力について何かを書こうとすると、どうしても推進派か反対派かに色分けされてしまう。本書は原子力災害をテーマにしながらも、原子力一般について科学リテラシーを身につけさせることを意図していて、イデオロギーを排したバランスのとれた記述をしているように思う。
序章には「この本には結論はありません。(中略)自分で考えていただきたいのです」と書かれている。そして終章は次の言葉で結ばれている―誰かが「これが正しい方向だ」ということに従うほうが、はるかに楽だと思うかもしれません。しかし、覚悟しましょう。いまこそ、あなたの意見はあなたが自分でつくらなくてはならないのです―と。本書は、一人ひとりが自らの意見を作るための足がかりになってくれる良書である。
追記:本書を初めて目にしたとき、ピンクっぽいカバーがとても気に入った。硬派のタイトルとピンクは合わないと思われがちだが、女性や女子学生でもすっと手を伸ばしてくれそうな色づかいは、むしろ難解なイメージを和らげてくれるように思う。これもまたサイエンス・コミュニケーションの重要な一面であるはずだ。ところで、たまたまこのイラストを描かれたイラストレーターの方のブログを見つけた。カバーの絵は手描きの水彩画だそうである。思わず目を引き付けられた柔らかなピンク色の秘密は、この手描きの水彩画にあったのだと納得。イメージは原子の忍者が中性子ボールでテニスをしているところとのこと。科学書のカバーを何冊も描かれた方らしく、この発想にも脱帽した次第。
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拙ブログにコメントくださいましてありがとうございました。そしてこのような感想をおお読みすることができ、本当に嬉しいです。読者の方々の感想を聞ける機会は少ないので、とても励みになります!
一人一人が自分で考え判断する…難しいことですが大切ですよね。
いろいろな人に読んでもらえたらいいなと思います。
ご丁寧なコメントを頂きまして誠にありがとうございました。科学技術については、いまこそマイナス面を含めて正しく知ることが必要な時代だと思います。しかし、たとえば科学書を手に取ってもらわなくては前へ進むことができません。その意味でも、本の装丁はとても重要だと思います。僭越ながら、今後もすばらしいお仕事をされますよう期待しております。