題「後で泣くぞ」(文章に関係ありません)
20200920
つづき。
横浜の「放送ライブラリー」に着いた。
受付を済ませ、席に案内され、ディスプレイの前に私は座ると一息ついてから、まずは検索窓に「に」と文字を入れた。
私から少し離れたところで年寄りが河合奈保子の歌う姿を視ている。
フロアは薄暗く、5,60席の視聴席があるだろうか。各席がなるべく視界に入らないように互い違いに並んでいるが、何人かの背中が目に入ってしまう。河合奈保子おじさんの向こうでは中年の男が野球を視ていた。あれは近鉄バッファローズのユニフォームではないか。そんな古い試合を視にきたのか。皆、昭和に何か忘れ物をしてきたのだな。後ろ向きに生きるのはお薦めできないぞ。などと思いながら次に「ご」と入れた。そして「り」である。最後に「え」と入れた。
「にごりえ」昭和どころか私の忘れ物は明治であった。
「にごりえ」は樋口一葉が1895年に発表した短篇小説で、身を売る女と買う男それぞれの事情と心情と感情の果てに、追いつめられた男と、この世から消え入りたい女がとうとう同時に死んでしまうという短い物語である。原作とドラマの結末は少しだけ違う。
舞台は樋口一葉が当時住んでいたという今の後楽園の近くにあった新開地と呼ばれたつまり私娼街とでもいうのか、銘酒屋という表向きの実は売春宿が立ち並ぶ通りで、その中の一軒「菊乃井」にはこの通り中の看板になっている<お力>と呼ばれる酌婦がいた。
器量もさることながら、頭もよく話も上手で、客に媚びることもなく、嫌な客には嫌と言い、返ってそれが面白いと評判であった。つづく。