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袋田病院ブログ

茨城県大子町にある精神科・直志会袋田病院のブログです。

「ガラパゴス世界とメタ認知」 デイケア・上原

2016年02月24日 10時15分03秒 | 院内誌 「輝」 より
1月・2月号より
 生涯の殆どを自室に閉じこもり、自身の誇大妄想を小説や絵として描き、表現し続けた男の物語を少しだけ紹介します。
男の名はヘンリー・ダーガー。
彼は19才から長編小説を執筆し続け、死の直前の81才までの60年余りの間、その作品を誰に見せる訳でもなく創作し続けていました。
日中は施設の清掃員として働き、生涯独身のまま、自室で60年以上も続けたルーティンは、もはや創作活動という月並みの言葉よりも、彼の“生き様”と表現した方が良いかもしれません。
 彼の1万5000枚にも及ぶ小説作品郡の中では何百枚にもわたって挿絵が描かれ、そこでは極めて個人的な妄想世界が繰り広げられていました。
物語の中では邪悪の象徴としての大人の男達と、それに抗い戦いつづける純粋無垢な7人の少女達が登場しています。
最も奇妙なところは彼の描く裸の少女達には何故か、全員に男性器が描かれていた点であり、その他にも随所に彼の特殊な世界観が顕在化されています。他人との関わりを持たず、余所からの影響や批評を受けること無く、ガラパゴス化したその類いまれにみる精神世界の存在は、彼の死後、世間や多くの専門家に知れ渡り、衝撃を与えてきました。
 ここで私が少し注目したい点があります。それは、彼が感情障害(?)を持っていたのではないかという定説です。
アートの分野において、
「社会から孤立することで独創的な作品が確立された」
とされる結果論として美化される事例は珍しくありません。
例えば、美大受験の為の某画塾では、生徒が全体の中で模倣的な手法に影響されて作品が画一化しない様にあえてクラス分けをすることがあります。
これはお互いが情報を遮断することでそれぞれをガラパゴス化させ、独創性を育てるという考え方です。
 これらは大変極端な事例ではありますが、一つの荒療治としての方法です。しかし、物事には必ず表と裏の二面性があります。
創作活動においては、余計な情報を遮断し、自らの個性を延ばしていく時期が必要なのと同様に、外の世界に対するメタ認知が必要な時期があります。ダーガーや当院の患者さん方の場合において、既に強烈な個性や世界観を持っている例があることを前提とするなら、私達スタッフは患者さん方の活動のサポートを行う上で、社会で起こっている多様なアートプジェクトやイノベーションの事例を学び、当院のアートフェスタや創作活動の位置づけを、メタ認知しながら補っていく必要があるのではないでしょうか。 

「皆さんの心の中にあるものを自由に描いて下さい」。
ある小学校の図工の授業で生徒に話す先生。
子供達は無邪気に子猫や兎やクワガタムシを思い思いに描いていきます。
そんな中、与えられた画用紙をひたすら黒く塗り潰すだけの男の子が居ました。
クレヨンで余白もなく、ただ真っ黒く塗っていくだけの行為に先生はとても困惑します。
まるで自分の授業方針をボイコットされているかのように思い、大変なショックを受けるのです。
先生は男の子の行動が理解出来ず、他の職員や男の子の両親にも実情を相談しました。
それからというもの、男の子は連日、何かに取り憑かれた様に画用紙を何枚も繰り返し塗りつぶすだけの日が続きます。
これに見かねた両親はとうとう男の子を精神科病院で診てもらうことにしました。
「何を描いているの?」
と診察室で問い掛ける医師に対しても男の子は無言のままうつむいています。
それから男の子は学校へ行かずに、隔離施設の中で過ごす日々が続きます。
 
 周囲の大人達が男の子の行動を理解出来ずにさじを投げ出し始めていた頃、1人の看護師があることに気付いたのでした。
黒く塗り潰された膨大な画用紙が床一面に散乱する部屋で、隣り合う2枚の画用紙が、パズルのピースを繋ぎ合わせるかの様にぴったりと一致するのが解ったのです。
疑問に思った看護師や周囲の大人達は、今まで男の子が描き貯めた数百枚の真っ黒い画用紙を、体育館いっぱいに広げて繋ぎ合わせてみることにしました。
順番に繋ぎ合わせた数百枚の画用紙は、2階のギャラリーから見下ろすことで始めて、その全貌が明らかになったのです。
大人達がそこから見たのは、10数メートルにわたって描かれた巨大な鯨の絵でした。
 
 ご存知の方も居られるかもしれませんが、これは数年前に放送された公共広告機構の物語(CM)です。
画用紙という杓子定規に収まりきれない男の子の壮大な創造力に対して、盲目的な大人達のキャパシティーが試されているという痛烈なメッセージと教訓がここには示されています。
興味のある方は、
「黒い絵」
とネットで検索すると映像が閲覧出来ると思いますので是非ご覧下さい。
 
 僕はこの職場に勤めながら患者さんやメンバーさんと接する中で、時々この物語を思い出し、ハッとさせられながら自分自身の戒めとするようにしています。
次回のアートフェスタでも皆さんと供に、画用紙からはみ出した様な表現を行っていけることを、今から楽しみにしています。 DC上原