昨日、2月3日は節分でした。
「福は内、鬼は外」と掛け声をかけながら豆まきをして鬼や邪気を退散させる行事でもあります。
ところで日本人はなぜ「豆」を”投げる”のでしょうか?
食べ物を投げるなんて、ある意味罰当たりですよね。でも、日本では昔からの風習で、この日に豆を投げます。
豆まきの習俗は室町時代には定着していたそうです。「看聞御記(かんもんにっき)」と呼ばれる当時の皇族の様子が書かれた日記には1425年(応永32年)1月8日の節分に「鬼大豆打」と記されているそうです。
さらに室町後期に武家の礼法について書いた「今川大双紙(いまがわおおぞうし)」という書物にも「節分の夜の鬼の大豆をも、御年男きんずる也」とされているとのことです。
日本人は元来、農耕民族であり、「五穀」(米、麦、ひえ、あわ、豆)に災いを払う霊力があると信じて来ています。古事記には穀物に由来のある神様が登場し、今日でも神社などでは「散米」の行事が執り行われます。祓(はら)いや清めの目的で米をまき散らし、霊力によって悪魔や悪霊を退散させるのです。
よって、大豆投げているのは、”散米”と同じと考えられています。
なお、戦国期の連歌師・宗長が「福は内へ いり豆の今夜もてなしに 拾ひ拾ひや 鬼は出(いず)らん」と節分を詠んだ一首があります。
鬼が豆を見て「これももてなしか」と拾って食べていくうちに家から出て行くという意味だそうです。
さて、節分の一ヶ月ほど前はお正月でした。
”投げる”と言えば「お賽銭」です。
お金を神様に向かって投げるのは、考えてみれば失礼なことですよね。でも、お金には貨幣としての経済的意味と経済外的意味があるとのことです。
各地の古くからの祭事などでは、お金が人の身代わりとして「汚れ(けがれ)」を引き受ける風習が残っているそうです。
つまり、汚れたものを投げ捨てることで、投げた本人は祓(はら)え清められるとのことです。そして、綺麗になった心身で神の前に立つことが出来るそうです。
イタリア・ローマの「トレビの泉」にコインを投げて幸運を願うのも、同じ意味を持っているそうです。
ちなみに、金額の大小は関係なく、お賽銭はお祓いのためであって、御利益を購(あがな)う訳ではないそうです。
そうは言っても、やっぱり、お賽銭の金額は気になりますよね。
さて、さて、「ボール」を”投げる”と言えば野球です。
この投げるという動作は簡単に出来ると言えるかも知れませんが、上手く狙ったところや遠くに投げるのは難しいものです。
野球をやる上で一番大切な練習、上手くなる方法の基本はキャッチボールになります。
キャッチボールを大切にしないと上手くならないと言ってもいいかも知れません。
大体、キャッチボールの様子を見ていれば、その日の調子どころか、チームのレベルすら判ってきます。
イチロー選手もキャッチボールを「技術の確認のひとつ」と位置付けています。
練習では一球も無駄にせず、一球一球に狙いを持って、強いボールを投げたり、時にはカーブ、山なりのボールなどを投げています。
一球一球がすべてのプレー、すべての試合に繋がっているのです。
ピッチャーに限らず、野球選手全員に当てはまります。
日本のプロ野球選手に限らず、MLBプレーヤーも大切にしているキャッチボールです。
その一球一球にはいろんなものが詰まっています。大切にするとともに、強い信念を持ち、目標を持って投げることです。
もちろん、人生何事も投げてはいけません。
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