【碁を打つ女の話 ~ ある霊的体験から の巻】
唐糸の手紙を手に、本因坊は翌日朝のうちに
山谷のなにがし寺に墓参りに行った。
墨の香の新しい墓標に向かい、話し掛ける。
「唐糸さん。
大切になすった碁盤は、わたしが確かに貰い受けましたよ。
あなたに代わって大事にしますから、ご安心なさい。
私にくださった手紙は、お返しするとしましょう」
寺男に墓前の土を掘らせて埋めた。
墓地の片隅に咲いた梅が、清らかな香を放っている。
どこか遠くで、鶯(うぐいす)が鳴いている。
早春らしく、日射が明るくあたりを領している。
墓参りを済ませた本因坊は、
荷がスッと軽くなったような気がした。
その夜、安らかな眠りに就いた。
が、時ならぬ霰(あられ)の音に目を覚ました。
そうして、また、うとうととしていると
今度は、霰の音に混じって、
碁盤に石を下す音がする。
枕から、そっと頭をもたげると、
居間の隅に置いた碁盤の向こうには、
こちら向きに唐糸が坐って、
さもさも嬉しそうに
石を置いているのだった――。
翌日もまた、よく晴れた。
穏やかな日が続いていた。
本因坊は、唐糸の幻を見たことなど、
誰にも話さなかった。
けれども居間に坐って、
その碁盤に目を遣ると、
そこに唐糸がいるかのように
感ぜられるのだった。
(おしまい)
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いつもありがとうございます。
原文の細やかな味わいを損なうことのないよう
仮名遣い等々を修正リメイクできたかどうか、
こうして過分なるお褒めのコメントをいただき
少し安堵いたしました。
思いが残ることはあるなぁ、というような経験があります(ただの思い違いかもしれませんが)。
ですので、こういう話には何かしみじみとしたものを感じます。
ありがとうございます。
そういっていただいて、書いてよかったです。
やはり思い入れの強いものには魂が宿るのでしょう。
相対する事により相手がどのような人かわかるものなので、身分や立場の違いがあっても共通の趣味を通じて尊敬し合う事が出来たのだと思います。
これは絶対に実話ですね❗( ̄0 ̄)/