今週も無観客ではありますが、G1大阪杯が行われます。
私の中で大阪杯といえばG2産経大阪杯時代のイメージがまだまだ強いわけですが、その中でも強く印象に残っているのはマーベラスサンデーでしょうか。(本当はエアグルーヴも捨てがたいw)
[異色のサンデー]
父サンデーサイレンス 母モミジダンサー(母の父ヴァイスリーガル)
栗東・大沢真厩舎 牡 栃栗毛
92年生まれといえば、サンデーサイレンス産駒の第1世代。
朝日杯をフジキセキが勝ち、故障で離脱したものの、皐月賞でジェニュイン、ダービーでタヤスツヨシがそれぞれ勝ち、サンデーサイレンス旋風を巻き起こしていた世代です。
ところが、サンデーサイレンス産駒には「早熟説」も存在し、成長力に疑問を持つ意見も当時はありました。それを最初に覆したとも言えるのがマーベラスサンデーでしょう。
2歳時から調教での動きが評判となっていたそうですが、骨折と病気(疝痛)のため、デビューは明け3歳の2月までずれ込むことになります。
武豊騎手を鞍上に、デビュー戦(ダート1800m)を快勝し、続くゆきやなぎ賞(芝2000m)も突破して、クラシック路線を目指すところまでは良かったのですが、骨折が判明して春は休養を余儀なくされます。秋にまたも骨折が判明し、復帰は古馬となった4歳の4月まで待たなければなりませんでした。
[連勝街道から「3強」の一角に]
明石特別(芝2000m)で復帰し、4着と敗れたものの、次走の鴨川特別(芝1800m)を圧勝。さらに桶狭間S(芝1800m)でも快勝して、一気にG3エプソムC(芝1800m)に挑戦します。
重賞2勝のユウセンショウ以下を封じて重賞初制覇を飾ったマーベラスサンデーは、当時はG3だった札幌記念(芝2000m)、同じくG3朝日チャレンジC(芝2000)も完勝し、古馬王道路線でも強豪が集まる京都大賞典に出走しますが、これも33秒台の上がりを繰り出して快勝。6連勝、重賞4連勝で秋の天皇賞へ挑戦します。
前年の年度代表馬マヤノトップガン、春の天皇賞で三冠馬ナリタブライアンを下したサクラローレルとともに「3強」と呼ばれたマーベラスサンデーは9戦8勝。サクラローレルに次ぐ2番人気に押されました。
前につけたバブルガムフェロー、マヤノトップガンを追ったマーベラスサンデーは、直線でうまくサクラローレルをブロックしましたが、上がり勝負で伸び負け、最後はサクラローレルにも交わされて4着となりました。
勝ったのはバブルガムフェロー。3歳馬(当時の表記では4歳)として初めて天皇賞・秋制覇の偉業達成となりました。
夏場から続く激戦の疲れから、マーベラスサンデーはジャパンCをパスし、有馬記念に向かうことになりました。
ちなみに96年のジャパンCはサクラローレル、マヤノトップガンも出走せず。凱旋門賞馬エリシオが1番人気。日本からはバブルガムフェローは出走したものの、相次ぐ有力馬の回避に「ジャパンC不要論」もかなり多かったように思います。(結果はローエングリンやアサクサデンエンの父としてもお馴染みのシングスピールが勝ち、日本馬はファビラスラフインが3歳牝馬ながら2着に入りました。)
立て直した有馬記念ではマヤノトップガンには先着しますが、サクラローレルのぶ厚い壁に跳ね返されて2着。G1制覇は叶わないまま、シーズンを終えることになります。
[3強のプライド]
翌年の古馬路線も「3強」が中心となります。
サクラローレルはぶっつけで春の天皇賞へ向かうことを表明。マヤノトップガンは阪神大賞典を快勝して万全。マーベラスサンデーは京都記念への出走を予定しますが回避し、産経大阪杯で復帰します。23年前、わたくしはこのレースを現地で観戦しました。赤いメンコとデカい馬体のマーベラスサンデーはカッコよかったなあー・・・
3度目の3強対決となった春の天皇賞は、マーベラスサンデーにとっては悲願のG1制覇を目指す舞台。
実力はサクラローレルが少し上だと思われていたのは確かですが、何せ有馬記念以来のぶっつけ本番。マヤノトップガンは阪神大賞典を勝って臨んではいるものの、時折惨敗もある乗り難しい部分を抱えた馬で、不安もあります。前哨戦をプラス体重で圧勝して臨んだマーベラスサンデーには、G1制覇の最大のチャンスと思われていました。
このレースは何度見ても神。
久しぶりのローレルが外から進出するところを、悲願のG1制覇を目指すマーベラスが潰しにかかり、後方待機・直線勝負にかけたトップガンが大外から一気に襲いかかる。
直線でマーベラスサンデーはサクラローレルを交わして先頭に立ちますがそこで杉本清さんの「有馬記念とは違うぞ!」で鳥肌。しかしローレルも差し返してマッチレースか、というところに大外から・・・!
「お客さんも満足でしょう、京都競馬場!」
いやーまさにその通り。
[悲願のG1制覇]
マーベラスサンデーはまたもG1制覇にならず、フランス遠征に向かったサクラローレル、秋に備えて回避を表明したマヤノトップガンが不在の宝塚記念は、悲願への大チャンスであるとともに、「プライドにかけて負けられない」という戦いでもあったように思います。
とはいえ、前年の秋の天皇賞で先着されているバブルガムフェロー、安田記念を制したタイキブリザード等、強敵が揃っていて簡単な相手ではありません。また、早めに先頭に立って差し返された天皇賞の残像もあります。最後の最後に抜け出す形でないと勝ち切れない可能性があり、「簡単ではない」というレースだったのではないでしょうか。
早めのペースを後方から追走し、進出。4コーナーでダンスパートナーをぶっとばし、最後の最後でバブルガムフェローを差す、という理想的な競馬。先頭に立つと気を抜いてしまう癖を考えての競馬で、武豊騎手の腕が光ったレースだったと思います。
その後、マーベラスサンデーは4度目の骨折が判明。長期休養に入ります。また、ライバルのマヤノトップガンが調教中に屈腱炎を発症し、引退。サクラローレルはフランス遠征中に故障し、引退。
「3強」の中で一頭だけ残ったマーベラスサンデーは、ぶっつけで有馬記念に臨むことになりました。
有馬記念は、武豊騎手が同年の秋の天皇賞を勝っていたエアグルーヴとの選択を迫られることになりましたが、マーベラスサンデーへの騎乗を選択。「デビューからずっと乗ってきたから」というコメントの通り、マーベラスサンデーは生涯全てのレースで武豊騎手が騎乗。こういう馬もそれほど多くないと思います。
これも早めに抜け出したエアグルーヴを、ゴール前マーベラスサンデーがギリギリで捉えるという完璧な競馬ですが、その瞬間さらに外から伸びたシルクジャスティスに差し切られてしまいました。
これは藤田伸二騎手の神騎乗ですねえ。4コーナーでは外ではなく内めを回って、うまくマーベラスサンデーの後ろを突いて抜けてくるという、針の穴を通すような最高の騎乗でした。
マーベラスサンデーは翌年も現役を続行する予定でしたが、脚部不安を発症し、引退・種牡馬入りとなりました。
「3強」の一角として武豊騎手とともに常に安定した力を見せ続けたマーベラスサンデー。度重なる故障を乗り越えて発揮し続けた実力は「3強」の名に相応しいものだったと思います。