抗がん剤治療で数カ月長生きすることに意味があるのか?
【がんと向き合い生きていく】第112回
「心のう水」を抜くのは専門の循環器医でなければ難しい
Bさん(70歳・男性)は、この1カ月ほど少ない食事でもすぐに腹がいっぱいになり、へその上に何か瘤が触れる気がして、Aがん専門病院を受診しました。超音波検査の結果、進行した膵臓がんと診断され、手術は無理で抗がん剤治療を勧められました。
その数日後、私の外来に「治療をやるべきかどうか」について相談に来られました。BさんはA病院の主治医からこう言われたそうです。
「抗がん剤治療は、効くかどうかやってみないと分かりませんが、統計上は延命効果があります。治療ガイドラインでも選択肢のひとつとして推奨しています。Bさんの今の状態なら外来で治療可能です。もちろん無治療の選択肢もあります。無治療の場合は余命6カ月、治療した場合は1年くらいと思ってください」
さらにBさんは次のように話されました。
「抗がん剤治療は延命効果だけとなると、意味がないんじゃないかと思うのです。いずれまた悪くなるなら、治療を受けない方がいいのではと考えています。先生はやって何か意味があると思いますか? これまで70年間生きてきて、数カ月ほど長生きすることに意味があるのでしょうか」
そんなBさんに私の考え方を伝えました。
「抗がん剤治療をやるかやらないかは、もちろん本人が決めることです。延命の意味があるかないか、これも本人の考え方次第と思います。結果はどうなるかは分かりませんが、私は抗がん剤治療を勧めます。あなたに本当に効くかは分かりません。でも、延命効果が科学的に証明されているのに、やらないのはもったいないと思います。70年間生きてきたと言われますが、これからの人生に何が待っているか分かりません。延命の意味は、たとえ1年でも生きていてこそ何かが出来る、何かを味わえるチャンスがあるのです。つらいこともあるでしょうが、楽しいこともきっとある。私なら、『生きていてよかったと思える時がある』と、そう希望を持って生きていたいと思います」
■生きていてこそ幸せを感じるチャンスがある
これまで、たくさんの膵臓がん患者の診療を行ってきました。15年ほど前までは、膵臓がんに対して抗がん剤治療は延命効果もなく、つらさを軽減する緩和治療も今に比べれば貧弱な時代でした。当時、黄疸が出ている場合はこれを取るために肝臓に直接管を入れて胆汁を出すのがせいぜいの治療で、抗がん剤治療は勧めませんでした。