いや実は、妻が体調を崩しまして、ぐったり寝たきりで、これは大変。
「あの~、急でごめんやけど、今日の晩御飯、よろしく頼むわ」という事で、私は元プロにもかかわらず慌てて、「じゃあ、何する?」と、妻が言うには、「なるほど、アホにはいちいち説明がいるらしい。いいか、シチューの素が、台所にあるのだから、シチューにしたらいいじゃないか」という事で、その足りない具材を買い求め、ガルペで近所のストアに赴き、買い求め、作る事にしました。
妻は、「私は常に箱の通りに作っている。むすこもその味に慣れている。お前が、理想とか目標とか、面倒くさい日常を恐れ、ビビり、逃れ外れたこと言いながら、身勝手な理想郷を追い求めて、足元を見失って、風車に向かって突進するドン・キホーテのように間抜けな形で、一人誇り高く辞めたくせに、私は元プロとか何とか言いながら、収入ゼロのくせに、プライドという悪毒に幻覚を見て現実逃避し勝手に、それこそ手作りの筏かなんかで、北朝鮮の漁船宜しく、荒波の海へと船出でもなんでも好きにすればすればいいが、だがもし本気で、家族の、家庭の、日常のといっちょ前な事を考えていると殊勝な顔して、どんな小さな、ネットで知り合った、学生時代からの腐れ縁、元職場の飲み友達、等々、なんでもいいから、集会に行って自己主張したいのなら、そして今後、もう二度とこの場所を訪れないという、詐欺師的狡猾を以てやり過ごそうと、本当に肝が据わっておもっているというのなら、勝手にすればいい。
だが、今日はもう、いいよ、私は今日、もう散歩もしたし、PTAも、もういちにち、おなかいっぱい。だから箱のレシピ通りに、元プロ、作ってみたいと思います。でもプロって、要するに不安の塊なんですね。出なきゃ、本物のプロじゃないんですよ。俺は、なんだか知らないけど、長くやってるからスゴイ、みたいなスタンスを絶対譲らない奴を、よく見てみて。全然すごくないから。私はもう辞めましたから、だんだんわかってきましたが、プロ意識って、単なる脅迫概念なんですね。 絶対わからないですから、自分の味が、美味いか不味いかって。自己満の世界なんです。本当に美味いかどうか、客の声に問う料理人なんて、0.001パーセント未満ですよ。 辞めた人間のくせに、愚痴が過ぎました。すみません……。
そこで、今日は、おとなしく、箱通り、シチューです。
まず、基本材料。
それを、切る。
それを、炒めます。鶏肉も一緒くた。いいんです。箱には肉も野菜も書いてないですから。
鶏肉が半分火が入る頃……。
取り除いた皮を、加工。これはシチューとは関係ないです。私の、つまみ。
まず、塩コショウ、あとお好みで、テーブルガーリック。
水道水を加え、さらに煮ます。『焦がさないように、煮る』らしい。
油をなじませ。
皮を焼きます。
阿久をすくう。これも箱通り。はいはい……。
皮焼けた!
ネギを白髪ねぎに。
して。
水でもむ。
皮を細く切り、白髪ねぎと、その芯の部分を斜切りにして、和える。つまみ、完成!!
シチュールー投入。
しばらく、箱には十五分。煮て、牛乳を入れて、とろみが出るまで、五分……。
以上、おわり。鶏肉も焼かず、バターも入れず、ただひたすら箱通り。でも美味かったようで、妻も子も、残さず食べました。
では、ホームアローンをしり目にもう寝ます。マコーレカルキンは不幸な少年です。
おやすみなさい。明日また、よろしくお願いします。
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