悶絶ライダー闘病記

突然の事故で指4本を切断!何とか再接着をしてもらいました。これは、復活に向けての記録です。 

この先・・・・・

2011年03月28日 19時20分28秒 | 日記
被災地から少しづつ力強い話がきこえるようになりましたが・・・・・実際はまだまだこれからだと思います。
直接被災地ではない私たちの日常生活は正常になりつつありますが、仕事の上では物凄く影響が大きく
その大きさにビックリしています。東北方面には実力のある中小企業が多く世界に誇る自動車産業にも
多大なる影響が出ました。

茨城臨海地帯にも素材産業の基地が多く、こちらの面でも日本全体に影響しています。
リーマンショックを乗り越えて少しずつですが上向き加減だった産業全体がまた萎んでしまうのかと
危惧しています。

必ずや復興はされると思いますが、今回は被害の程度や範囲が広すぎます。
一部建設業などは復興特需的なことが起こるのでしょうが、製造業では円高などで一気に海外調達が増えると
思います。

原発の件でも日本の製造物が海外で差別されそうで心配です。現在すでに一部では行われているようです。

時間は掛かると思います。でも絶対に生き残らなければいけません!

何時も自分に言い聞かせている言葉『絶対負けない!』です。人との勝ち負けではなく自分にです。



毎週一回ハンドセラピストさんの所に通っています。
楽しみは『先週より曲がりますね!』って言ってもらえる事かな?
別にオネーサンに手を握ってもらう事ではありませんので・・・・・。


毎日を頑張って生きましょう。


『祈り』 標高2899メートル+屋根の上からの日の出


皆さんお疲れ様です・・・。

2011年03月24日 18時47分51秒 | 日記
震災の影響で何だか皆さん疲れてますね。直接の被災をされた皆さんとは比べようも無いですが・・・。
なんだか皆 苛立っているようです?何にだか分かりませんが・・・・。
震災直後は結構一致団結って感じだったのに・・・思いとおりに行かない事が沢山あるからかな・・・?


私の転院もスムーズに行きました・・・!が、しかし手術を行うのは早くて来年と言う事になりました。

新しい病院の先生が診断した結果 私の手(怪我をした左手)は骨粗しょう症だそうです!
接着後の指では良くある事だそうです。骨の影がレントゲンで見ると薄いのが分かります。

血管の発達などを考えても、あまり早く手術をするのは良い事ではないと言う事でした。
経過を観察しながらハンドセラピストの先生とリハビリを続ける事になりました。

今度の主治医は手の外科では有名な先生です。その先生が私の指を接着してくれた先生を
賞賛していました。素晴らしく完成度の高い手術をして頂いたようでした。
新しい主治医から前の主治医宛に手紙を預かり昨日渡して、お礼を言ってきました。

手紙の内容は物凄く私の手の手術技術を褒め称えた内容のようでした。
とにかく私もココまでしてくれた先生に感謝していますと伝えました。

これから暫くはリハビリが続きます。極端な進化は無いけれど少しづつ曲がり角度が
増えていくのが楽しみです。

今年中にスタートラインに着く夢はついえました・・・・・。
新しく渡された地図の道のりは長そうです。

私の手を着けて頂いたのは東京女子医科大学病院 東盛先生です。
本当に有り難う御座いました。 お元気で!


何か『スッキリ』って感じです。


これも『パッキリ』

大丈夫ですか!私は無事です。

2011年03月15日 11時55分10秒 | 日記
前回から時間があいているうちに、関東から東北にかけて大変な事になりました。

東北地方太平洋沖地震で被災された方には、心からお見舞い申し上げます。

私の住んでいる東京でも今まで経験した事のない地震でした。物凄く巨大な力で地面を揺さぶり続け
まるでボートに乗っているような揺れ方でした。時間も大変長く感じました。

津波、原子力発電所問題など地震本体の後にも大変な事になっています。

津波の被害が大きかった東北三陸地方ですが、ほとんどの街に行ったことがあります。
訪れた街の写真を見ていると複雑な思いに駆られます。 自然の力の物凄さです。

出来る事から協力して行こうと思います。



私の事も少しだけ・・・・・・。
結論は転院することになりました。主治医に相談するとあっさり紹介状を書いてくれました。
やはり前回の後任医師の暴言にビックリした様子でした。

先生のお勧めは信濃町の病院でした。自分でも考えていた病院なので、その病院宛の
紹介状を戴いてきました。
今週の木曜日に新しい病院に行って来ます。治療の希望も紹介状に書いて頂いたのですが
新しい病院の先生がどういう判断をするのか判りません。

ひとまず進む方向への地図を貰った段階です。
今週から また歩き始めます。



不謹慎な写真だったら教えてください。
2004年10月23日中越地震の40分位前です。蝶ヶ岳から前穂方向です。見たことないほどの夕焼け


上の写真の数分後です。撮っていて何だか恐ろしさを感じました。まるで空が火事のようです。



本日1周年です。

2011年03月04日 12時46分05秒 | 日記
何はともあれ怪我をしてから1年ちょうど経ちました。本当に色々な人に御世話になって
ここまできました。

治療方針で揺れていた事もありましが、結局は今の主治医の先生にお願いするという方向で
頑張ってきました。主治医の先生は私の希望を第一に考えてくれていました。
大学病院ですから医局で私の治療方針などもディスカッションされているそうですが
他先生の方針と私の希望がすこし違っていました。問題は小指に腱をつける、つけないの問題です。

他の先生は『小指に腱をつけても生活改善には寄与しない』との意見だそうです。

生活改善は判りませんが、スポーツ関連(握力)では大変重要な指になります。
まして薬指はまったく機能しませんので・・・・MXにも大変重要ですから! 

この件に対して主治医は理解をしてくれていました。今後の手術に対しても私の希望にそって
行ってくれるとの事でした。

しかし昨日の診察で主治医が転勤する事になりましたと聞かされました!!!

その後、後任の先生を交えて話をしましたが信じられない言葉連発!
後任の医師は講師と言う立場の人らしいですが、まず手の専門家ではない事、自分の都合とか
考えでしか行動できないらしい。現在の手の状態に関わらず主治医が病院にいる数週間で
『とにかく二人で一回あけて状態の申し送りをしましょう』・・・・だから来週には入院できますか?
中指が多少改善すればいいでしょ!人差し指の第一関節は放置、小指も放置 一番びっくり
したのは『全く動かない薬指は邪魔だから切ってしまった方がいいのでは?』

耳を疑いました! 頑張って着けてくれた主治医もびっくり!何考えてんだよ!ふざけるな!

決めました。この医者が後任で決まりなら 『転院です!』これ以外考えられない!
本当にこの病院の方には御世話になりましたが、あの一言で決定です。

どこ行く当てもないのですが、この病院に居るよりはイイのではないかと思います。
全く患者の心情を考えられないバカ医者って居るんですね!

もう一つ選択肢があった・・・・。
主治医の転勤先『沖縄』に行く・・・・ご両親が具合が悪いので帰られるようです。
先生も来てくれれば手術しますとの事でした・・・・・これも一案ですね。

またまた大きな分岐点が来ました。良い答えが見つかるかな・・・・。

自分の左手指にくっついてくれてありがとう!




もう日差しが春めいていますね。





もうすぐ記念日

2011年03月02日 21時32分35秒 | 日記
あと2日ほどで私の忘れられない記念日がやってきます。

良き日でもあり思い出したくもない日です。 自分的には前進の度合いが足りませんが・・・・。

なんか自分でお祝いしようかな・・・・・。




先日の白川郷です。