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教科書にも書いていないのですが,ずっとそうなんじゃないかな〜と感じていることがあります(以下,完全に私見です)。
それは「甲状腺機能亢進症のときに,甲状腺の上を血管雑音がないか聴診すると甲状腺の上であたかも心尖部とかで聴診したときのように心音(S1, S2)が明瞭に聴こえる」ということです。
このことは,循環器フィジカル講習会で質問してみたことがあるのですが「どうかな??」という反応でした。さらに疑問は,この所見が甲状腺機能亢進症に特異的と言えるのか?ということでした。それに対する反証とも言える患者さんをその後(と言っても10年位前ですが)経験しました。
患者さんは48歳の女性で動悸を主訴に来院された方です。受診の20日前から3回ほど動悸・耳鳴りがあり耳鼻科を受診しても問題なしと言われて内科を受診されました。最後のepisodeは受診前日で,就寝しようとして急に動悸を自覚。走った後くらいの速さに脈が早くなったとのこと。1時間くらいで自然に軽快。胸痛や呼吸困難は自覚せず。最近の体重減少もなし。既往歴は20年前の帝王切開と10年前の虫垂切除術のみ。
BP 130/80で全身状態は良好。みためは全くsickではない。ベッドに横になってもらって診察すると頚動脈の拍動が目立つ。
ARでもあるのかなと思ったが,心雑音はなし。座位になってもらって,甲状腺の血管雑音がないか,聴取してみると,甲状腺の上で,心音(S1S2)を明瞭に聴取。ここでおや?と思いました。甲状腺機能亢進症?
ものすごく大きな音ではないが,1音,2音が区別できるほどに心音が聞こえました。甲状腺の雑音は聴取せず。腱反射をみると,上腕二頭筋,アキレス腱ともに腱反射の亢進はなさそう。(正しくはbrisk ankle jerkなし)
血液検査を提出。一応,血算も含めて,TSH, freeT4を提出。それと心電図。
結果が返ってくると甲状腺機能は正常。ところが,小球性貧血(Hb 7.8 g/dl)がありました。患者さんに診察室に入ってもらって,話をもう一度聴きなおします。
「そうなんです,15歳頃からずっと貧血を言われて,鉄剤も飲んでいたことがあるんですが,最近は飲んでいませんでした。この30年貧血でなかったことがないくらいなんです。去年の健診でも貧血は言われてました。」
(なんじゃ〜,「健診では異常をいわれたことはない」というとったやん・・・)あ,「胸に異常はない」ですよね?と聴いただけだったかな。それ以外に何か異常は?とは聞かなかったかもしれない。
それにしても,診察で貧血とはわかりませんでした。
もう一度,眼瞼結膜をみてみるが,はっきり蒼白とは言いにくいな〜,手掌蒼白もはっきりしない,爪床もそれほど白くない。いやあ難しい・・結局鉄剤を処方して,経過を見ることにしました。
それにしても,この症例は自分にとっては貴重な経験になりました。つまり,甲状腺の上で心音が明瞭に聴こえることが「貧血でもありうる」ということがわかったからです。
「貧血による,high output状態であっても,甲状腺の上で,心音が確認できた!」
これは,1例あっただけでも意味があると思いました。逆に貧血が改善したときに,甲状腺の上で,心音が聞こえなくなったら,それは貧血によるhigh output 状態が,原因であった傍証になるのではないか? そんなことを考えました。あとはこのことを検証するためには,甲状腺機能亢進症や貧血の患者さんでの聴診を,今後も注意深くみてゆくことかなと思います。
日々の臨床で学ぶことはまだまだ沢山あります。