戦争のなかった平成も31年で終わる事になるが、
江戸時代も戦争のない265年間が続いた。
世界のどこかでドンパチやっている最中、
ゆっくり時間が流れる江戸は、世界一の技術と発明のメガロポリスでもあった。
だが、江戸にも唯一の欠点があった。
それは、全てが木造建築であること、、
江戸の火事は1798回、江戸を焼き尽くす大火は49回。
江戸市中に一旦火の手が上がれば、コオロギ色の町並みはあっという間に炎の色に。
それでも江戸は最強の町だった。
火事で燃え尽くした跡には、
三日あれば、トテカントテカンと商家・長屋・武家屋敷が建つ。
そして一週間経てば、江戸の町は通常営業となる。
そこには
江戸っ子ならではの素晴らしい知恵があった。
◆最強の大福帳。。◇
こんな火の手が四方八方から襲い、身一つで逃げ惑う人々。
花の江戸を切り盛りする商人は、大事な書類や大福帳(帳簿)を持ち出す。
だがコレも全て紙だった。
で、火事から大福帳を守るために、紙に特殊な加工を施した。
それが、蒟蒻。。
蒟蒻ノリを使い漉した紙は、墨で書かれた字を吸収し、水に濡れても消えない。
火の手が上がると、井戸に大福帳を投げ込み逃げたという。
火の手が収まれば井戸から取り出し、商いを再開。
天災や人災には逃げるしかないが、人の知恵の凄さは経験が生み出すものだ。
江戸の復興力の強さは、自分たちを守るための人事を尽くすこと。
だから、
人の知恵には、計り知れない無限大の力がある。。と心底思っている。
で
最近、胸を衝かれる事があった。
その驚きに、
心眼。。という言葉しか思い浮かばなかった、、
◇人事を尽くす。。分身ロボット「OriHie」◆
今、中国でロボットが次々と活躍し始め、もはや人手という言葉を浸食し始めている。
私達は、人工知能で溢れかえる時代の入り口に居る。
人工知能を携えたロボットに、人は妙な疎外感を持ち、怯える日が来るのではないか、、
そう持っていた。
そんなAI時代に、
ロボットの見方を真逆に捉えた開発者がいた。
外出のままならない人達が、ロボットの知能になり、
人とのコミュニケーションや
自分の代わりに就労する<分身ロボット>が、実現化の一歩を踏み出した。
オリィ研究所所長で開発者の吉藤健太朗氏は、一人でこのロボット開発を進めた。
6畳一間で二年間、
次々と創り上げるロボットに執着せず、分身としての機能に心血を注いだ。
その成果が、分身ロボットカフェ。
ベットや車椅子の人たちが目線や手元入力で、ロボット(OriHime)を遠隔操作し、
接客業務に就く。
お客様との会話はロボットを通じ本人の声で応対する。
最初はベットの上で緊張気味でも、
以前の勘を取り戻し、活き活きと話す姿や笑顔が映し出される。
就労が不可能とされた人達を孤独から救う開発者の魂に、
神々しさを感じた瞬間だった。
吉藤氏自身は、いじめや身体が弱かったことから引きこもりに。
多感な小学5年から中学3年までの救われない孤独感が、
この分身ロボットを作る原動力になった。
<分身ロボット>が全国に波及し、当たり前の日常風景になること。
人ありきの志に敬意を表し、書かせていただきました。。。。
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障害者の方々が自分の代わりに就労すると言う手段をロボットによって叶える。
ロボットは各国バラバラに普及していますが、、
就労ロボットと言うのはいかにも日本的ですよね。
日本は江戸時代からカラクリ人形がありました。
その伝統が21世紀に通じていると思います。
私もこの分身ロボット「OriHie」の普及を応援してます。
人の痛みや復活に心血を注いでることに
胸を衝かれました
どういう応援の仕方があるのかな。。と思い巡らせ
ココに書きました
コメントありがとう<(_ _)>
>おお、蒟蒻ノリで思い出したものがあります。
それは第二次大戦で日本がアメリカ本土を攻撃するために考案した風船爆弾(!)これの気球部分は和紙に蒟蒻ノリが掛けられていたのですっ!貿易センタービルを倒壊させたアルカイダのテロ事件が起こるまで、これはアメリカ本土を攻撃した唯一の兵器でした(人のいないところで爆発したり、大した被害はなかったそうですが・・・)。
初めて知りました!!
第二次世界大戦の日本は
なりふり構わず、、という闘い
風船爆弾も凄い発想だけど、
江戸発祥の蒟蒻ノリが使われたんですね
びっくりです(◎_◎;)