ミステリH①
LOVE LETTER
・好きです・
ただ一言が記してある
ハミルは
この世に生まれ落ちて
初めてラブレターを拾った
差出人がわからない
名は書かれていない
ただ家の玄関の前の
ジベタに置いてあったのである
一人暮らしのハミルだから
必然的に自身に贈られたものと、断定できる
「好きです・・」
ハミルは動けなかったし、
年甲斐もなく頬を赤らめた
「これはいかん」
差出人の女はおそらく
正体を明かす心の用意ができていなかったのであろう
ただ、募る気持ちを文字に起こし伝えることで
募る心持ちのガス抜きをしたかったのかもしれない
「礼を言わねば」
余計な決意であった
マジメなハミルは
相手に感謝の気持ちを伝えることが礼儀と考えた
或いは、真面目のせいにしたか
ただ、知りたかったダケ
「探し出して、礼を言う」
・・・・
思い当たる女が3人いた
このところ特に懇意にしているGIRLたちである
ハミルの趣味は射撃だ
チナナは男勝りの性格で
ハミルの趣味に興味があった
「今度連れてってくれよ!」
「所持許可がいるぞ」
「そうなのか」
何か考えている、チナナ
マンバは山姥風のメイクを施し
時代の先頭を走っている
「ハミルちゃん、山姥って妖怪なんだって」
「そうですか、マンバさん」
「私、撃っちゃダメだよ」
2周目の女、マンバ
ナツコは車椅子である
2017年の如月の頃、交通事故にあった
車に当てられて車に乗るようになった
それからのククラは活発な女になった
当然、事故直後は落ち込んでいたが
周囲の人の存在にも恵まれ、
今はカーレースを趣味としている
「ハミル、射撃ってどう」
「楽しいよ、ストレス発散になりますな」
「そう、挑戦しようかな」
失うことにより得ようとする心を得ることがあり
失った穴埋め以上のモノを、得ることがある。
ハミルは彼女たちに絞った。
彼女達、で、あって、ほしかった。
・・・
ハミルはその日
15:00に家を出て
サウナに向かった。
調子良く三汗やって
17:00に帰宅していた。
恋の犯行は
令和6年皐月の時21日
15:00から17:00
先ずハミルは
彼女達のアリバイを当てようか
#ハミル
#チナナ
#マンバ
#ククラ
#ミステリH
ハミルの仕事はタクシー運転手だ
近頃、転職を考え履歴書を書いている
齢40にして、新たな世界でもう一旗上げてみたいと思っていた
最後に配偶者欄の無に◯を囲みペンを置いた
「好きです」
この手紙を一昨日受け取ってから、
一人暮らしのハミルの挙動は妙なものだった
昨日一日だけで20回以上、時間にすれば2時間ほど
四文字を眺めていた
やや丸みを持った"好きです"の字筆は、女の小さな手のひらを想像させた
ハミルの脳の中は、恋犯人は先般にあげた3人の女の誰かということを強引に確定させていた。
妄想はとどまることを知らず、最果てに到達した脳内はそれぞれの女に白のドレスを、着替えさせた
着替の途中見た景色は、純白とは呼べぬIMAGINEであった
四文字が想像させた世界は充分なもので、
ハミルにマスターベーションを掻かせて
昨日を閉じた
・・・・
5月21日に手紙を受け取り
22日は仕事と文字に浸った
今日23日、さあ行こうか
21日の15:00から17:00のアリバイを確かめる
女は正体を明かすことを嫌った訳だから
当然、その気持ちは尊重しなくてはならない
直接対面してアリバイを探るとなると怪しまれるかもしれないし、不快な想いをさせるかもしれない
最初に接触するのは
その3人の女性全員と知人関係にある人間が最適である
何かしらの情報を掴める可能性が高い
いた
タスイという女がいて
タスイはチナナ、マンバ、ククラ
全員と友人関係にある
しかも、タスイはサバサバした性格で
今我が身に起こっている現実を打ち明けやすい
ハミルはタスイにメッセージを送信した
AM9:32
(タスイさん、ちょっと聞きたいことがあるのでお時間いただけませんか)
タスイは役所勤めだから返信が来るのは昼になるだろうか。
ハミルの方は、PM1:00からPM10:00までの勤務予定であった。
タスイの噂を耳にしたことがあった。
ダイヤという男に告白され、たいそう喜んでいたという話しを聞いた。
だが、交際には至っていないと。
あの話しはどうなったのだろう。
・
本命はチナナだった。
本命というのは、犯人であってほしい相手。
浅く褐色の肌で明るいチナナ35歳は、太陽に似ていた。
年齢差も程良いだろうし、
もしチナナの恋の犯行だと分かれば、
いや、そうでなくても、
告白してみたいと思ってしまっていた。
昨日の妄想がチナナを過剰に愛してしまった。
・
(ハミル、どうしたん?ええけど、いつ?)
(タスイさん、明後日25日土曜日はいかがでしょう。
私は休みなので何時でもいいですが)
(うん、ええよ。14:00に熱田駅のカフェでお茶しよか)
(わかりました、ありがとうございます)
(うん)
AM10:42〜46
予想より早くやり取りが完了した。
小休憩であろうか。
笑みが零れた。
ハミルは洗面台に行き、自分の顔を見つめた。
キメ顔を探して、顎をやや右上、目線左下の栄光を見つけた。
AM10:50〜11:04
#ハミル
#タスイ
#ミステリH
「タスイさん」
「ハミル」
ハシメは先に店内で待っていたタスイに声をかけた。
タスイは料理雑誌を読んでいた。
熱田駅から徒歩5,6分の約束のカフェである。
「すいません、待ちましたか」
「まだ時間前やで。ちょっとゆっくりしたかったから30分前に着いてたで」
「そうですか」
店内の奥の二人テーブルで向かいあった。
ハシメはメニューを見ることもなく、近くを通った店員に声をかけブレンドコーヒーを注文した。
タスイのカフェラテはカップの三分の一ほどまで沈んでいた。
「久しぶりやな。ハミル、急にどうしたん?」
「ええ、久しぶりに会えて嬉しいです。実はですね」
ハミルはタスイには隠すことなく、全てを伝えようと思っていた。ある種の妄想があったことを除いて。
「あのですね、」
"ブレンドになります"
言いかけた途端ブレンドコーヒーが、ハミルの目の前に差し出された。
ありがとう、ごゆっくりどうぞ、形式的にやり取りを済ましてタスイの顔を見つめた。
(美しい)
瞬間的に感じてしまった。
「ああ、タスイさん、あのですね」
「うん」
「実はですね、こういうものがありまして」
ハミルは"好きです"を持参しており、タスイの前に差し出した。
「えっ、なに?好きです?なにこれ?ハミルもらったん!?すごいやん、誰!?」
「ええ、コホン」
咳払いは少し自慢気だった
「5月21日にサウナに行ったんですけどね」
「うん」
「17:00くらいだったかな、帰ったら置いてあったんです。もちろん、レターセットっていうんですか。シールされていて、中を開けたらその、それが」
「ホンマに、すごいやん、で、誰なん?」
「いや、それがわからないんです」
「わからない?」
「ええ」
タスイ、31歳
関西弁の彼女は大阪出身であった。
ある芸術家の拗顔我楽多な精神の塔に見守られた地域で育った。
容姿端麗でイタズラな関西弁を繰り出すから、男心をくすぐる。本人はそういったつもりはないが、とりわけ関西を基盤としていない、つまりその響きに免疫のない男子にとっては胸にズンと刺激を与えるトーンであった。
タスイに惚れている、ダイヤもその言葉の響きにやられたのは、"一つ"であった。
「名前書いてないってこと?」
「ええ、そうなんです」
「すごいな、そんなことってあるんやな」
「ええ、そうなんです」
「置かれてたって、なに?」
「そうなんです、家の玄関の前のジベタに置かれてたんです」
「ジベタ?ハミルん家、郵便受けないん?」
「あります、あります。玄関のドアにもついてるんですが、なぜかジベタに」
「変やな」
「そうなんです、で、その、切手も貼ってないし郵便局員が地べたに置くこともありえないから、本人が直接届けたということになると思うんです。」
「そうやな・・・カメラついてないん?」
「古いアパートなので、セキュリティもないから玄関前まで来ることは可能なのですが」
「そうなんや、誰か知りたいと」
「ええ、まあ、やっぱり気になるっていうか、あと」
「あと」
「お礼が言いたいんです、どうしても。名前を書いてないってことは、そっとして置いてほしいってことだと思うんですけど、やっぱりありがとうって気持ちが強くて」
「そっとしておいてほしい?」
「ええ」
「ちゃうやろ、」
「えっ」
「気づいてほしいやろ」
「気づいてほしい?」
「やろ、自分で正面切って伝えるのは怖いけど、前に進みたいって時やな」
「そうなんですか」
「ハミルは探したいんやろ?女、誰か」
「はい」
「向こうの方が上手やな」
「えっえっ」
「狙い通りや、探し出させて、ハミルの方から告白させる腹積りやで」
「そうなんですか!?」
「せやろ、女がこんなことする時は」
「なんでそんな」
「少なくとも、自分から告白しなければ振られるリスクは回避できる。ハミルが気づいてくれれば・・・男だって勝算ありってわかってたら、告白しやすいやろ」
「まあ、それは。そんなまさか」
「女っちゅうもんはな」
タスイの眉間が勝負師のそれに変わった。
「で、誰か、見当ついてねんな?」
「それが、ええ」
「うわ、ついてんねや」
タスイが興奮してきた。
「まあ」
「誰、誰?」
食い気味に。
「実は最近っていうか、よく話しをする機会があったのは」
「うん」
「チナナか、マンバさんか、ナツコちゃん」
「そう」
タスイがちょっと落ち着いた。
「その3人あたりじゃないかと」
「・・・マンバか」
「えっ、ええ、3人」
「マンバな」
タスイは顔を顰めている。
「どうしました?タスイさん」
「私、マンバ大好きやねん」
「明るくていい子ですね」
「うん、明るく見えるやろ」
「もちろん、いつも元気で」
「いつも元気で・・」
「そうですよね、メイクも個性的だし」
「マンバだとしたら、そういうやり方するかもな」
「えっ、そうなんですか」
「弱い子やから」
「弱い?そうですか?そんな風には」
「傷つくのは避けようとするかもな」
「マンバさんですか?」
「なんで、マンバが今のメイクをしてるか知ってる?」
「いや」
タスイは少し悲し気に
「あの子は黒猫やで」
#ハミル
#タスイ
#ミステリH
ミステリH④
「マンバは黒猫やで」
タスイの言葉にハミルはただ、その唇を見つめている。
薄めの口唇は少し桜がかっていて、近ごろの暑さ混じりの空気の中で春の終わりを感じさせた。
「黒猫ですか」
ハシメは返した
「うん、マンバな」
「はい」
「そういう事情があるから言うけど、あまり言うたらあかんで」
「ええ、もちろん」
「まあ、知ってもらったほうがええかもしれへんけどな、マンバとしても」
「そうですか、はい」
「マンバな、薄顔やねん」
「えっ、薄顔?、素顔ですか」
「そう」
「そうだったんですか」
「うん」
「でも、そうですか、ギャップがいいかもしれないですね」
「やろ、でもな、気にしてんねん」
「薄顔を?」
「ずっとコンプレックスやったそうでな、自信が持てんくて、おとなしい少女やったそうや」
「そうですか、そんな風に見えないですね。いつも元気だから」
「派手やろ、山姥風やから。」
「はい、派手っていうか」
「変わんねん。性格も、あれだけやるとな」
「ええ、そういうのはあるかもしれないですね」
「内気で、友達もできんかったらしい」
「そんな深刻だったんですか」
「お父さんが書道の先生なのは知ってる?」
「マンバさんの?いや初耳です」
「墨をな、マンバを育てた墨を、2と3と4の指で右の頬に三本のラインを引いた」
「えっ」
"今はこんなに悲しくて
涙も枯れ果てて
もう二度と笑顔には
なれそうもないけど"
彼女の詩と声が本当ならば
2周目をただ一人で走っている
マンバはブッチギリで先頭を走っている
後ろを振り返ろうとも、誰もいない
このまま誰も追いつこうとしないかもしれない
けど、
時代は回るのならば
皆が2周目を走り出した時は、彼女はゴール間近で、
その汗で!素顔の君がテープを切るかもしれない
満花、君こそが孤独のランナーなのだから
「その後、左頬に三本のラインを入れた。黒猫や。マンバの始まりや」
「そういうことなんですか」
「実際は黒髭の女やけどな、アディダス好きやろマンバ」
「知らないです」
「好きならそれくらいチェックしとかんと」
「いや、まだ好きとは」
「そうやったっけ」
「手紙です・・」
「そうやな、だからマンバは本来、恥ずかしがり屋の奥手、自分に自信もあまり持ってへんやろな」
「なんで、タスイさんはそんな」
「ほぼ親友やで、私達は、年齢も一緒やし」
「31才・・」
「うん」
ハミルはふと、早く時代よ巡ってくれ、と願った
「だからマンバは自分から告白するようなことはできんと思うから、匿名でラブレターっていう手はあるかもしれんな」
「そうですか・・あの、アリバイなんですが」
「あゝ、そうやな、21日の17:00やったっけ」
「ええ、15:00〜17:00ですね」
「火曜日やんな。流石にみんなが何してたかは。ああでもそうやな。どうやろう。
ナツコはデザイナーの仕事やから割と時間に融通きくかもしれんけど。チナナはファミレスの調理やからシフト次第やな。マンバはな、今仕事してへんからな、アリバイは掴みづらいな」
「そうですか、チナナさん」
「チナナが気になるの?」
「あっいや、そういうわけでは」
「あれやで、ナツコはないと思うで」
「えっどうしてですか」
「アロヤのことが好きなんやで、事故があった時も立ち直らせたのは、ほぼほぼアロヤやし。カーレースのこととか一緒にやっとったし、あの頃からククラはずっとや。」
「そうなんですか!知らなかった」
「うん、付き合ってへんけどな」
「どうして」
「アロヤはよくわからんやろ、不思議くんやから」
「あまりアロヤさんのこと知らないので」
「そうやな・・アリバイか、今度聞いとこか?チナナとかナツコ、マンバも」
「えっ、直接ですか?怪しくないですか」
「うまくやっとくわ、任せといて」
「そうですか、任せていいですか?」
「うん、ええよ、じゃあそろそろ帰ろうか」
「はい、あっ」
タスイが伝票を取った
「僕、払います。」
外で待ってるタスイにハミルが協力の礼を告げた。
何かわかったら連絡する、ごちそうさまのやり取りを終え、タスイは自転車に乗り手を振って走り去った。
暫し、考え込んでいたハミル
22日の妄想で3人の女を独り占めにした男は、
その中の女が自分以外の男子に恋心を持っているということに嫉妬した
モテ期が来た、と思っていたのだ
一通の"名無し"のラブレター
名無しは想像を豊かにして、複数恋愛をさせた
"好きです"以外
何一つ確証のない
差出人も宛名もない、恋文だった
・・・
ふと、暗い顔が通りかかる
「あっ」
誰だったか、見たことがある
黄色の服に、左手の甲が赤い
その男はハミルに気づかずに通り過ぎた
数年前
1,2回、見かけた気がする
(クルム?だったかな)
その男の背中を数秒見つめた後、反対側の熱田駅に向かって歩き出したハシメだった。
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#タスイ
#クルム
#マンバ
#チナナ
#ナツコ
#ミステリH