あすにゃん日記

500字程度のエッセイを書きます。

避難場所に思うこと

2019-09-04 14:44:46 | 日記

 合唱サークルの話です。
 Nさんの孫が、この季節なのにインフルエンザにかかってしまいました。きょうだいにうつすことを懸念した両親は、Nさんにその孫を預けたのでした。
「うちを避難場所にしてる」
 Nさんはちょっと不満そうですが、義母は、「避難場所があってよかった」
 
 避難場所と言えば、西日本豪雨災害で家を失ったAさんも、子どもを頼ってうちの近所に引っ越してきました。
「いままで仲良くしていた人たちとわかれてしまって、さびしい」
 とAさんは訴えています。
 すでに七十を越えている彼女にとっては、新しい環境はなじみが薄く、見慣れないものばかりありますよね。持参できるものも限られているでしょう。
 そんなAさんも、大切なものを持って逃げていました。それは、預金通帳でもなければ、身分証明書でもありませんでした。
「配給手帖を、うちに置いてるの」
 Aさんは、真顔で言います。
「いつ、また配給がはじまるかわかりませんから」
 戦争で苦労していると、考えることがちょっと違うらしい。たしかに食糧難が危惧される近未来の状況ですから、配給手帖を持ち出すのはひとつのアイデアでしょう。
 お金があればなんでも買えるわけじゃないのです。一寸先は闇。明日も同じ日が続くとは思わない方がいいかもと思ったサークル日記でした。

合唱サークルの話:カエルの解剖

2019-09-03 13:36:57 | 日記
8月30日の話。
 合唱サークルで、カエルの解剖について、雑談したことがありました。会員のひとり、Dさんは、小学校の時に解剖のために、ひとり一匹ずつカエルを用意していたそうです。みんなが驚いて、
「ふつうは先生が用意するでしょう?」
「わたしは生きものが苦手だから、カエルをつかまえるのが苦痛だったわ」
 Dさんは、顔をしかめます。
「解剖のとき、先生がカエルの頭をこづいて気絶させて腹を切ったんだけど、途中で起きて大変だった」
 Kさんは、少し笑っています。
 帰って夫にその話をすると、
「おれはフナの解剖だった。気色悪かった」
 顔を伏せて吐きそう。
「わたしはへっちゃらだったわ。実家で魚を料理するときに、肝を取り除くのはわたしの仕事だったもの」
 わたしは、ニッコリ笑って見せました。
カエルを料理することは、たぶん今後もないけれど、解剖なんて、イマドキの子はやっているでしょうか。
「カエルのお尻にストローをつけて、ぷくっと膨らませたこともあるわねえ」
 思い起こすとKさんがそんなことを言っていました。
 お尻から糞を吸わなかったのか、ちょっと気になってしまった今日のサークル日記でした。