長らく続くテレワークやコロナ自粛で、腰や肩、首などに痛みを抱える人が増えている。医療機関の受診で改善すればよいが、治療を受けても痛みが続くことがある。中には、激痛に苦しんでいるのに、医師から「検査で異常が見つからない」と告げられて途方に暮れるケースも。3カ月以上続く痛み、あるいは、繰り返される痛みを「慢性疼痛(とうつう)」という。この病気に、近年、大きな医学的な進展が見られるようになってきた。

 「かつて慢性疼痛は、原因となる組織の損傷にともなう痛み(侵害受容性疼痛)、神経の機能的異常に伴う痛み(神経障害性疼痛)、それ以外は、心因性疼痛や非器質性疼痛などに分類されていました。この心因性疼痛や非器質性疼痛で、脳に関係する痛みが重要視されて研究が進み、医学的な発展につながっています」

 こう話すのは、東京慈恵会医科大学先端医学推進拠点・痛み脳科学センターの加藤総夫センター長(教授)。痛みと脳のメカニズムなどの基礎研究を長年行い、今年3月、「心や脳の働きが全身に広がる痛みを生み出す仕組みを解明」という論文を発表した。「一昨年、国際疼痛学会が新たな慢性疼痛の定義(別項)を公表しました。また、2018年にWHO(世界保健機関)が、疾病分類(病気の分類)に慢性疼痛を新たに定義しました。ようやく慢性疼痛が、単なる症状ではなく、病気として認められるようになったのです」

 従来、痛みは骨や筋肉、臓器、神経などの原因があるとされてきた。腰が痛ければ、脊椎や脊髄、その周辺の筋肉に損傷や不具合があって、痛みの信号を発しているとの考え方だ。その結果、画像検査などで異常が見つからないと、治療は痛みの対処法に限られ、患者は医師に対する不信感を抱くことにもつながった。この状況を変えようと、国内外のさまざまな医学界の取り組みが進められている。18年、日本疼痛学会によって「慢性疼痛治療ガイドライン」も新たに公開された。

 「侵害受容性疼痛や神経障害性疼痛以外の慢性疼痛の原因は、脳にあります。脳で痛みのネットワークが形成され、痛いと感じる部位に原因がなくても、激痛が生じるようなことが起こるのです。このメカニズムの詳細を解明し、慢性疼痛の診断・治療の発展に寄与したいと思っています」

 慢性疼痛にはさまざまな種類があり、痛みによって強く活性化する脳の部位は異なっているという。たとえば、加藤センター長らが先の論文で解明した痛みのカギは、脳の右側に位置する扁桃体にある。

 「ひとりひとりの患者さんによって活性化する脳の部位が異なる可能性があります。それを解明できれば、個別化医療につながります」

 慢性疼痛は治療法の開発はまだ途上だが、その方法は確実に進展している。 (安達純子)

 ■改訂された「痛み」の定義 

 国際疼痛学会が、2020年、痛みの定義を41年ぶりに改訂した。その定義は、「実際の組織損傷もしくは組織損傷が起こりうる状態に付随する、あるいはそれに似た、感覚かつ情動の不快な体験」。改訂ポイントは、「それに似た、感覚かつ情動の不快な体験」の部分で、実際に傷害や組織に原因がなくても、本人が「痛い」と感じることやそれに似た表情や行動が「痛み」として、ようやく認められたことを示す。