4年も過ぎた記事ですがどうしたらいいのか、、データがコツコツ集まることが貴重、30年後かそれ以上にかかるらしいです。もしも、脳脊髄液漏れが後15年以上~30年かかるのでしょうか、2016年国民健康保険適用になったけれど未だに知らない医療従事者とかほかにも、、それが一番疑問?参考にしてくださいね.......
長い記事をリンクしますが・・飽きずに読んでくださいね~
【明治時代、脚気は兵士の命を奪う原因不明の不治の病でした。イギリス帰りの海軍軍医、高木兼寛(1849~1920年、東京慈恵会医大の創設者)は脚気の原因は生活習慣にあると考え、疫学研究を進めます。 根本的な原因はわからないままでしたが、どうやら米食に問題があることを突き止め、パン食や麦食に切り替えて脚気による犠牲者をゼロにしました。その成果は「海軍カレー」として今に受け継がれています。 陸軍ではドイツ帰りの森鴎外は脚気の原因は細菌など微生物にあると考え、原因究明にこだわります。海軍は食事の工夫で脚気を克服したことを聞いたあとも、経験主義的な医学を信用せず、そのまま被害を拡大させてしまいました。 「脚気の原因がビタミンB1の欠乏」であることがわかったのは「それから30年後」のことだったそうです。海上自衛官にとって今もカレーは元気の源だそうです。毎週金曜日に食べるカレーには艦艇や部隊ごとにそれぞれ工夫が凝らされています。】
新型コロナとはデータで戦え 「白衣の天使」ナイチンゲールの教え(木村正人) - エキスパート
木村正人在英国際ジャーナリスト 2020/3/7(土) 11:36
ナイチンゲール生誕200年、、[ロンドン発]新型コロナウイルスの感染が中国から世界中に広がる中、筆者は「近代看護教育の生みの親」フローレンス・ナイチンゲール(1820~1910年)博物館を訪ねてきました。今年はナイチンゲール生誕200年で、8日が「国際女性デー」だからです。 自宅から歩いて20分のセントトーマス病院の一角に博物館はあります。この病院は院内衛生を向上させるためナイチンゲールの設計が取り入れられていることでも有名です。ナイチンゲールは名前からも分かるようにイタリアのフィレンツェ(英語でフローレンス)で生まれました。 裕福なイギリス家庭でナイチンゲールは優しさと聡明さを兼ね備えた申し分のない女性に育ちます。ある日、看護婦になりなさいという天の声を聞きます。「人の命を救うため看護婦になります」と言うと両親は猛反対。看護婦は教養のない酒飲みの女性がする仕事だったからです。 (筆者注)一昔前まで看護師は女性のする仕事と考えられていたため「看護婦」と呼ばれていた。 イギリスで女性が大学で学ぶのを許されたのは19世紀後半。ナイチンゲールはいくら優秀でも大学に進学することはできず、両親はお金持ちの男性との結婚を望んでいました。若き有力者からの求婚を振り切り、ナイチンゲールはドイツの病院で看護を学ぶ一学生になります。
クリミア戦争の病院へ
1853年、オスマン帝国とロシアとの間でクリミア戦争が始まります。イギリスも参戦し、翌年には1万8000人以上の英兵士が負傷して病院に送り込まれます。病院には看護婦はいませんでした。飲んだくれで無教養な看護婦を医師が全く当てにしていなかったからです。 ナイチンゲールは親友の政治家から手紙を受け取ります。看護婦部隊をつくって現地に行ってくれないかという要請でした。ナイチンゲールは早速200人を面接、38人の精鋭部隊を編成してコンスタンティノープル(現イスタンブール)に乗り込みます。 負傷した兵士たちは病院の床に寝かされ、トイレは詰まり、病棟の中は異臭が立ち込めてトイレは詰まり、病棟の中は異臭が立ち込めていました。ネズミや虫が這い回っていました。ナイチンゲールは1日20時間働き、病院内をまずきれいにしてベッドを設置して、夜はランプを手に兵士の看病に当たります。 この姿を見た記者が「ランプを持った淑女」とイギリスに打電し、献身的な活動は感動を呼びます。「近代統計学の父」アドルフ=ケトレー(1796~1874年)を信奉していたナイチンゲールは兵士1人ひとりのデータを台帳に記録していきます。
「とさかのグラフ」
彼女の看護婦部隊は兵士たちの死を3分の1に減らしたと言われています。帰国後、ナイチンゲールは台帳に記録されたデータを分析し、兵士の多くが戦闘で受けた傷ではなく、病院の衛生状態が十分でないため死亡していたことを突き止めます。 彼女の素晴らしいところはそれを分かりやすく伝えるため「とさかのグラフ」と呼ばれるグラフィックにしたことです。膨大なデータから「病院内の衛生状態を向上させれば死ななくて済む命を救える」というストーリーを見つけて、誰にでも分かるように図表化してみせたのです。 1860年にはケトレーが立ち上げた国際統計会議に出席し、統一的な病院統計のモデルを提案しています。日本では「白衣の天使」として知られるナイチンゲールは慈しみ溢れる人間性だけでなく、科学的思考、統計学的思考を実践した女性としてイギリスでは教えられています。 また兵士たちが現地で酒を飲んで給料を使い果たしてしまうため、ナイチンゲールは母国への送金システムを考案したそうです。イギリスの医療は伝統的にデータ重視です。日本にも示唆に富んだエピソードがあります。
「海軍カレー」
明治時代、脚気は兵士の命を奪う原因不明の不治の病でした。イギリス帰りの海軍軍医、高木兼寛(1849~1920年、東京慈恵会医大の創設者)は脚気の原因は生活習慣にあると考え、疫学研究を進めます。 根本的な原因はわからないままでしたが、どうやら米食に問題があることを突き止め、パン食や麦食に切り替えて脚気による犠牲者をゼロにしました。その成果は「海軍カレー」として今に受け継がれています。
陸軍ではドイツ帰りの森鴎外は脚気の原因は細菌など微生物にあると考え、原因究明にこだわります。海軍は食事の工夫で脚気を克服したことを聞いたあとも、経験主義的な医学を信用せず、そのまま被害を拡大させてしまいました。
「脚気の原因がビタミンB1の欠乏」であることがわかったのはそれから30年後のことだったそうです。海上自衛官にとって今もカレーは元気の源だそうです。毎週金曜日に食べるカレーには艦艇や部隊ごとにそれぞれ工夫が凝らされています。
新型コロナにはデータで戦うしかない
新型コロナウイルスの迅速検査キットやワクチンの開発は比較的早くできたとしても、どうして免疫系が暴走して呼吸不全から多臓器不全を引き起こしてしまうのか、そのメカニズムを解明するには時間がかかるかもしれません。 それまでは私たち1人ひとりがナイチンゲールのように考えて行動する必要があります。「墓場から揺りかごまで」の福祉国家のモデルになったイギリスのNHS(国民医療サービス)ではお腹にいる時から死ぬまでの医療データが祖父母、両親、子供、孫の代まで蓄積されています。 イギリスでは医学と科学、さまざまなデータに基づき新型コロナウイルスなど新興感染症対策が確立されています。破天荒なボリス・ジョンソン首相といえども、分をわきまえています。国内感染がどのフェーズに入ったらどうするかは長年の議論を経て決められているからです。
大学、NHS、公衆衛生局、主席医務官、首席科学顧問がデータに基づいて状況を判断し、政治家や官僚は自治体と協力して事前に定められている行動計画を実行に移します。そこに政治のスタンドプレーや利権が入り込む余地はありません。
ジョンソン首相がイングランド主席医務官、政府首席科学顧問と一緒に行動計画を発表したのはその表れです。博物館でボランティアの説明に耳を傾けていた筆者にはナイチンゲールが今も先頭に立って新型コロナウイルスと戦っているように感じられました。
下の写真はナイチンゲールがいつも肩に止めたり、ポケットの中に入れたりしてかわいがっていたフクロウ「アッセーナ(Athena)」です。名前はアテネ(Athens)で子供たちに虐められていたところを助けたことから付けられました。
生涯独身だったナイチンゲールは猫好きで、トータル60匹以上の猫を飼っていたそうです。(おわり)
勝手にコピーしてごめんなさい。