精密検査のためとは言いながら、かくも“長期”の禁酒は脳動脈りゅうの治療のため開頭手術を受けた2000年6月以来16年ぶりである。
結果として、わが愛しの肝臓にも十分な休養を与えることができた。
かくなる上は、より一層頑張ってもらいたいと願っている。
しかし、昨日は危うかった。
なにしろ、友人が自分の畑で作ったニンニクやらタマネギやらキュウリやらの自家製野菜に加え、ワラビ、ブルーベリージャム、ゆべしなどを段ボールにぎっしり詰めて送ってくれたのが届いたのである。物産館が届いてしまったのだ。
早速、ニンニクをアルミホイルに包んで焼いたものや新鮮キュウリが夕食の食卓に並び、ついついアルコールに手が伸びかけたのである。
しかも、妻は赤ワインをグラスに注ぎ、何食わぬ顔をして飲んでいるんである。
結婚以来43年。これだけの月日が経つと、亭主の我慢などは眼中になく、かくも天真らんまん、いやもとい、遠慮もなく振る舞えるものか。
実に女という生物は世に言うとおり、恐ろしき生き物のようである。
アルコール抜きの舌というのは潤滑油なしで歯車を回すようなもので、滑らかな機能発揮は期待できないんじゃないかと思うのだが、ニンニクのホイル包み焼きに限っての感想は、雑みのまったくない、ニンニク本来の味というものが滲みでていたように感じられた。
新鮮だからなのか、土の力によるものなのか、はたまた別の理由によるものなのか、その辺は経験不足で分からないが、とにかく「純生」を口にしたという感が強い。
アルコールに湿らせた舌でもう一度試してみなければなるまい。その肝心のアルコール再開に当たっては、さりげなく昼飲みから始めるか、夕食まで待って裃なんぞに威儀を正してにぎにぎしく盃に向き合って再会を喜ぶか、どちらにするかまだ決めていないが、小原庄助さんは思慮の外にして、とにかく本日解禁するんである。
さりげなくか、もったいぶるか、それが問題だ。
振り返ってみれば、常習的な飲酒は19歳からで、かれこれ49年の付き合いである。
このお酒と親しく接してきたことでどれほどの得があり、はたまた損をしてきたか、そんな無粋な損得勘定をするつもりは毛頭ないのだが、半世紀も付き合ってきたという事実に照らしてみれば、これはもう感謝しかないのではないか。
幸いなことに、飲み過ぎで頭が痛くて後悔したりしたことは一度ならずあっても、酒の上の大失敗というものはなかったし、足し算引き算してもプラスのおつりが手元に残っていると判断できるのである。
第一、来し方酒抜きの人生など想像もできないし、これから残りいくばくかの道すがらも、酒抜きの道中など考えられない。
私に限って言えば、健康のありがたさと人生の楽しみは、畢竟、お酒と親しく付き合えるかどうかが鍵を握っているのは間違いないのである。
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