ひな祭りと言うと思い出す出来事がある。
小2の時だった。
近所のクラスメートの女の子に「明日うちでひな祭りをするから来てね」と言われた。
普段あまり口をきいたことも無かったのだが、髪の毛を長く伸ばした子で、何となく眩しげに見ていた記憶があって、思いがけない誘いにびっくりした覚えがある。
そして当日、言われるままに家に上がり、手招きされるまま奥の部屋に行くと段飾りのひな人形が飾ってあり、その周りにたくさんの座布団が並んでいたのが印象に残っている。
座布団の海の中に放り込まれた気分で、あんなにたくさんの座布団を見たのは初めてだったと思う。
で、肝心の招待客はまだ誰もいなくてボク一人だった。
その子にはお姉さんが2人(多分)いて、ボクを見て「いらっしゃい」とほほ笑んでくれたが、どういう顔立ちをしていたかなど何も覚えていない。
しかし、しばらくすると部屋の空気と言うものが、自分の家にはない香りに包まれていることに気付いて、何だかとてもドギマギして落ち着かなくなった。
あれは緋毛氈を敷いた段飾りの緋色が部屋を引き立てていたせいだろうか…初めての経験だったし…
多分、子ども心に「秘密の花園」「女の園」に紛れ込んでしまった違和感のようなものを感じ、あるいはどこかで本能の一つが刺激されて疼き始めたんじゃないか…と後知恵で思う。
それに加えて、その子の父親の職業が検事だということを何故か知っていて、友達の中に「検事ってのは悪いことをした人を白状させる仕事だが、悪いことをしていなくても悪いことをしたようにしてしまうことがあるコワイ人なんだぞ」と聞かされ、半分信じていたから、そういう父親には会いたくないと思っていたのも、落ち着かなかった理由だと思う。
特に「何もしていなくても犯人にされてしまう」というところが、子ども心にとても怖かった。
そんなわけで、その子と仲良くなるチャンスだったのに、ほとんど口も利かず下ばかり見ていたし、女性だけの「秘密の園」に紛れ込んだドキドキする高揚感と、いつ目の前に「鬼」が現れるか…の恐怖に近い印象が残っただけである。
おまけに、ボクが一人だけひな祭りに招かれたこともすぐさま近所の友達の知るところとなり、仲間外れにされ、遊んでもらえなくなった。
あの一件以降、ボクは近所の子たちと遊ばなくなり、ちょっと離れたクラスメートのところまで遊びに行ったりするようになった。
そういうことが影響しているんだと思うが、それ以来、何事にも一人だけ目立つようなことや飛び抜けるようなことを、何となく避けるようになり、すぐに「横を見る」ようになっていく。
今思うと最低な結論で、どうせならもっとどんどん尖がればよかったと思うが後の祭りで、それだけ仲間外れという突如降りかかった災難に子供心を傷つけられた証拠である。
しかも、ボクは一人っ子だったから、仲間外れは深刻だったのだ。
思いがけずに女の園の甘美な香りを嗅いでしまった…と言ってもちょこっとに過ぎないし、その代償としては高すぎるんじゃないかと思う。
大袈裟に言えば人生の分かれ目の一つが、あの日にあったというべきだろう。
もうはるか昔の、たった一度きりのひな祭りの思い出である。




山の神が生まれた時に両親から贈られたひな人形 素朴で表情が特に素晴らしい