一時は最低気温が22、23度まで下がり寒冷アレルギーでくしゃみと鼻水まみれになりかけたのが嘘のようである。
やっぱり力みなぎる真夏の太陽の光は頼もしくもあり、実に好ましい。
1年の内で最も強い光に肌をさらしていると、太陽の力が皮膚を通して体の隅々までじわぁ~っと浸透していくのを実感するのだ。この季節、この時期の太陽でなければ味わえないその感覚そのものもまた、好ましいものだと思っている。
この光を体中に浴びて、そのエネルギーを体内に取り込んでおかないと冬の寒さを乗り切ることが出来ない。
つまりボクにとっては死活問題に直結しているわけで、夏は夏の太陽にこれでもかというくらい堂々と光輝いてもらわねばならぬ。季節ごとのそれぞれの太陽が持ち味をきちんと発揮してくれることが重要なのである。
まだ見たことも実感したこともないが広大無辺であるという大宇宙の片隅の、ちっぽけな地球の上に暮らすこの身がいかに小さかろうと、自然の摂理の中に生きている以上、摂理の歯車にはきちんと正確に動いてもらいたいと願う所以なのだ。
そういう視点を頭の片隅に残したまま昨日の遅ればせの台風一過の空の下を振り返ってみると、オヤッ?! と思わざるを得ないような、とても微細なのだが「変化」を感じ軽い衝撃を感じてしまった。
毎年のことだから、時間が進めばそういうことが起こるのは十分に理解しているし経験もしてきていることだが、実際にそれを目撃し味わう段になると、あぁ! ついに…と思ってしまうのだ。
何のことかって…
「烈日」と形容される真夏の強い太陽光線を浴びながら、強いには違いないのだが、なにがしかいつもの旺盛な力強さが一瞬陰る時があるなぁと直感してしまった。
気のせいだろうと思って注意を向けていると、気のせいではなくてやはり実際に変化していることに気づく。
これまでは肌に突き刺すような感じだった光線の感覚が心なしか軟らかめになっている!
これは何とはなしに感じる感覚に過ぎないのだが、肌に当たる感覚は確かに軟らかくなってしまっているのだ。
夏至から数えて49日目。天文学的に見れば夏至の南中高度78.1度に対して昨日8月9日は70.6度。太陽の高さは7.5度も低くなっているのだ。
生々流転
ゆく河の流れは絶えずして…
盛者必衰会者定離
移り変わりは世の習い。特別視するものでも何でもないが、やはり物事の盛りに兆す微細な変化というものをフトしたはずみに嗅ぎとってしまった時の感慨はまた別物だと言わざるを得ない。
立秋は過ぎたとはいえまだ8月は10日…
台風がようやく去った8月9日午後2時過ぎの鎌倉・稲村ケ崎から
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heihoroku
高麗の犬
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