しかし、天気予報は陽射しがあっても北風が冷たい日になるだろうと繰り返していたが、何のことはない、わが海辺の街は風も弱く、ちょっと歩けば汗ばむ陽気になった。
年明け早々から2カ月にわたって行われていた「50年に一度の健康診断」がつい最近終わったので、どんな様子かと散歩がてら見に行った。
1959年以来の健康診断を受けていたのは長谷の鎌倉大仏。
前回は大仏の真下にステンレス製の板を座布団のように差し込んで地震に耐えられるようにし、重い首の付け根には強化プラスチックで補強を施すなど、大がかりな修理を施したそうだが、今回はこれらの具合を調べ、全体の汚れを取るのが目的。
診断結果に通院加療を要するような所はなく、健康体そのものであることが証明されて、何よりである。
ただ、体内には参拝客が貼りつけたガムの食べかすが思いのほか多かったそうで、罰あたりな不心得者の絶えることがないのは残念至極だ。
健康診断中も境内に入ることはできたが、鉄骨のやぐらとシートで覆われていたから御尊顔を拝することはできず、観光客の足はピタリと止まっていたため、常に交通渋滞が発生していた大仏前の県道は期間中スイスイと流れた。
鎌倉駅前から鎌倉山や梶原、藤沢方面に行くバスはみなこの道を通るので助かっていたのだが、日中急ぐ時はもう使えない。
次の土曜日からの三連休は、よそから観光にやってくる車で大仏前に限らず鎌倉市内は身動きが取れなくなるだろう。
話を戻す。
高圧洗浄などを受けていたというから、どれだけきれいなお顔、お姿になったのかと思いきや、多分、ほこりや排ガスで煤けたところはきれいさっぱり流されたのだろうが、850年もの長きに渡って座り続けているのだから、さすがに生まれた直後の瑞々しさを取り戻すことは無理なようで、別な言葉を使えば、さっぱりとしつつ850年の貫禄のにじみ出たお姿であった、というべきか。
中学1年生くらいの修学旅行の一団が来ていたが、昨日の氷雨の中を旅してきたのなら、この日の青空の下の大仏は記憶に残る光景になったに違いない。
大仏を後にして長谷寺に寄り、魚屋の店先を覗いて春を探したが、生シラスどころか生モノが何もなく、がっかりして国道134号沿いを海を眺めながら稲村ケ崎までぶらぶらと歩いた。
春霞なのだろうか、相模湾の向こうの富士山はぼーっと霞んでいる。
“ひねもすのたりのたり”どころか、うねりのひとつも生じずにべたぁーっとした海が広がり、吹く風が心地よい。
惜しむらくは、海沿いの道路に出てしまうと、こじゃれたレストランはいくつも並んでいるものの、街中のような気軽な一膳飯屋のような食堂というものがない。
結局江ノ電に乗って終点まで行き、駅の立ち食いそばを食べて帰ってきた。
こういうB級グルメにも届かないような立ち食いそばの、しかも悪い油で揚げたかき揚げそばはそれなりに口に合い、伝統的な蕎麦とは別物として食すことも受け入れているのだが、ようやく訪れた春らしい日に、しかも大仏様のご健康をことほぐには、我ながら情けない食事であったと思うしかない。
健康診断の結果、太鼓判を押された大仏
春霞にかすむ相模湾越しの富士山
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