これは鎌倉に住んでいた某芥川賞作家の句である。
1度酒席を共にしたことがあるが、もう最晩年で、それからしばらくして亡くなったから、遺作とは言わないまでも、それに近いのではなかろうか。
そば屋の2階で飲んでいて、酒を満たした杯を持ちながら、なかなか飲まない。飲もうとしない。
酔っているから身体は前後左右に揺れるのだが、不思議なことに杯を中心にして揺れているようであり、盃の酒はこぼれそうでこぼれない。
相手をしているこちらは、いつこぼれるのか、もったいない、と気が気ではないのだが、酔っ払いというのは大したものというか、そう簡単にはこぼさないのである。
わが身に変えて見れば「わが庵は飲み屋に近し銭遠し」と季語もなく、いささか品のない句になってしまうが、とっぷり暮れた後、たんぼ道をとぼとぼ歩いて行きつけの焼鳥屋に行ってきた。
7時前だがカウンターには先客が5人いて、賑やかなことである。
席を空けてくれた女性の隣に座ったのだが、「男同士で話しませんか」と席を代わるよう促すので、いえ、1人で静かに飲みます、と答えたのだが、連れかと思っていた男性は知り合いでもなんでもないらしい。
焼酎のボトルに書かれていた名前をちらっと見たら、近くのスナックの名前が書かれている。後で聞いたらそのスナックのママさんで、出勤前の景気づけをしていたようなのだが、見ず知らずの年寄りに話しかけられて往生していたらしい。
その男性は焼酎を奢ってもらっているようで、注がれる度に涙声で大げさな賛辞を送っているのだから、ママさんが辟易するのも道理である。
ほどなくしてママさんが帰った後、男は飲み物もなく一人ぽっちになり、誰にも相手にされないので、大声で民謡など歌い始めたりしたがそのうち寝てしまったのか、静かになったと思ったら今度は派手な音を立てて椅子から転がり落ちた。
酩酊しているようで、立ち上がろうともしない。
たたきに座ったまま、ここはどこだなどとうそぶきながら下げていたショルダーバッグを外し、靴も脱いでしまった。
自宅の畳の上とでも勘違いしたのだろうか。そこに落ち着く気配であある。
亭主が早く帰れと促すが、聞き入れる様子はなく、ウンコがしたいとベルトに手を添え、その場でしかねない様子である。
トイレはあっちだ、靴を履け、といっても馬耳東風。靴下のままトイレに入って何やら叫び声が聞こえてきていたが、20分を過ぎた頃になってようやく出てきた。
手も洗わず、隣の客の肩など親しげになでている。汚ったないことである。
支払った金額はたった1000円だから、ママさんにたかった酒で酔っ払ったらしい。
出て行った後、救急車のサイレンは聞かなかったから、車にはねられないで帰って行ったようである。
ああいうジジイにはなりたくないねぇ。
店を出たら誰かに見られているような気が…。ふと眼を上げたら大きなお月さんが。♪つぅ~きぃ~は~おぉぼぉ~ろぉ~にぃ~ひがぁあ~しぃ~やぁあまぁ~ もうすぐ春だぜ。
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