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平方録

海の水はしょっぱいんだ♪

ボクがいつの頃から海水浴を始めたかはっきり覚えていないが、母親の実家が海のすぐそばにあったせいで、多分赤ん坊のころから海には親しんでいたんだと思う。

幼稚園に上がる前ほど小さな子が頭を手ぬぐいで覆い、普段履いているようなパンツ一丁で平泳ぎのような格好をして水に浮かんでいるセピア色になった写真が残っている。

多分2,3歳から泳ぎの真似事をしていたに違いない。

小学生の頃は東京の学校が臨海学校に使っていた房総半島の岩井海岸という、遠浅で超の付く波の穏やかな海岸のすぐそばに母親の一番上の姉が暮らしていて、夏休みになるとそこに泊まりに出かけ、そこの5人兄弟と真っ黒になるまで海で遊んだものだった。

当時は浮いてさえいれば済む「のし」という泳ぎ方を教わり、高校生だった長兄がどこからか借りてきた櫓漕ぎの和船で伴走してくれ、沖にある平べったい小さな島までよく往復した。

「〇〇島は岸から1km離れていたから、往復で2kmの遠泳をしていたってことだよ。都会の小学生では珍しかったと思うよ」と還暦を越えたころに集まった法事の席で長兄に言われて懐かしさがこみあげてきたのを覚えている。

 

最近の若い人たちや小さな子たちは砂が体について気持ち悪い、海水がベトベトする、とか言って海を嫌うらしい。

水泳の授業もプールだし、水泳教室も空調の効いた室内プールだから、海には抵抗があるのかもしれないが、なんだか温室栽培の野菜のようじゃないか。

太陽の光を浴びてミネラルたっぷりに育った露地野菜のおいしさを知らないならば気の毒でもある。

海の水がしょっぱいんだってことは知っておいて損はないと思うけどな。

海開き最初の土曜日の片瀬東浜・西浜の波打ち際には、結構な数のちびっ子が波と戯れる姿があって、頭から波をかぶって大はしゃぎしている姿を見ていい光景だなと思った。

子どもはそうでなくちゃ♪

 

きゃあきゃあ言いながら波と戯れる…最高の瞬間だろうね


でもまだ夏休み前なんだよな


遊びをせんとや生まれけむ


むくつけき男どもだけで戯れている


何だって? 「色気より友情」だと… なるほど、それも青春だな


江ノ島が防波堤代わりになって波が静かだから、小さな子でも水遊びが出来る


大きな波が来ないからちびっ子河童は安心しきって遊んでいる♪


人数制限・時間制限ありの‶冒険ランド〟は整理券方式で整理券を手に入れた子だけが遊べる


背負い籠やザル、トングを使ってゴミや危なそうな異物を拾う子どもを見かけた
片瀬東浜で9日(土曜日)にちびっ子を対象にした「サザエさんBEACH  CLEAN」が予定されていて、サザエさんも応援に駆けつけてくるそうだ
曰く「海離れが加速する子供たちに楽しみながらゴミ拾いしてもらい、海での素敵な思い出を作ってもらえればと企画しました」
参加者には特製バンドのプレゼントのほか、ちびっ子BEACH  SAVERとして認証するそう
その行事の一環かもしれない


よしっ!
 
境川を挟んで西側の片瀬西浜
江ノ島の防波堤効果が期待できないのでモロに波が来る しかしこの日の海は穏やか

お父さんにしっかり抱っこされる幼い娘
 

こんなに成熟した娘も抱っこ…


姉と弟


お母さ~ん
 
もっと乾いた砂の上で寝転べばいいのに…
身体の下に敷くものを持ってないと乾いた砂の上は熱すぎてやけどしちゃうんだろうな
 
海開きして最初の土曜日(2日)の午前中だったからか、東西どちらの浜辺にもビキニ姿の若くてピチピチの女性を見かけなかった。
まさか湘南の海では絶滅したか絶滅危惧種になっちまった訳じゃあるまいな。
そんなんじゃパトロールする意味が失せちまうじゃないか。
そんなの真っ平ご免だぜ。

コメント一覧

平方録
そう言う時代、ボクも覚えています。
記憶に残っている湘南電車はその頃からオレンジとグリーンのツートンカラーでオシャレでした♪
横須賀線もツートンで、クリームと濃紺でしたが隣の電車の方がよほどハイカラに見えましたっけ。
でも両方とも先頭車両が流線型をしていたところは一緒でした。
アミ
日本、そのものが素朴だった時代の話です。
海岸で拾った貝殻の収集が、夏休みの自由研究。
鵠沼と言えば、松林。
今は、何処へ行っても、人・人・人…。
いいことなのか、どうなのか、私にはわかりません。
ただ、あののんびり感は好きでした♬
平方録
@dankainogenki 昔、親はついてきませんでした。
年長の兄弟が代役だったんですね。
それに、危険な場所はよく心得ていて近づきませんでした。
そう言う知恵がありました。
dankainogenki
大人が見張り役で、子供の水難事故を防げましたね。
平方録
おはようございます。
ひょっとして昭和30年代…それも前半でしょうか?
鵠沼あたりはまだ随分と松林も残っていたことでしょう。
その頃、今の藤沢駅の辺りからも海が見えたそうですから、浜そのものも素朴だったことでしょう。
それは鎌倉も同様だったと思います。
何せ戦争が終わったばかりの頃ですもんね…
アミ
小学校に上がるまで鵠沼に住んでいました。
だから、湘南の海は懐かしい。
今のように、垢ぬけておらず、素朴な海岸でしたけれど…。
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