ことしはフグを食べずに終わりそうである。
ふぐちりは最後に残った汁でおじやを作って食べるのが好きだし、何よりも白子やフグの刺身、から揚げは絶品で、ときどき無性に食べたくなる。
そのフグのあれこれを熱々のヒレ酒とともに口に入れるのは至福のひと時と言っていい。
ただし、コースで味わい尽くすとなると、そこそこの値段を覚悟しなければいけないところが玉にキズではある。
このフグの中でも王様とも言うべきトラフグが相模湾でも獲れるようになったことは、何年か前のニュースで知った。
もうずいぶん前から黒潮の蛇行やら海水温の上昇傾向が続き、南の海の魚種がしばしば漁師の網にかかるようになってきていて、トラフグもその中にいた。
それがいつのころだったか、相模湾で獲れたトラフグが"神奈川ブランド"という県が指定するイチオシ産品の仲間に加えられたと知った時は、図々しくもチャッカリした話だと呆れたものだった。
そもそも下関のトラフグや大分・豊後水道のトラフグは有名でも、神奈川産のトラフグなんて誰が認識しているんだ?…と思う。
調理にはフグ調理師の免許が必要だろうし、魚屋の店頭にアジやイワシなどと一緒に並べられる魚ではないから通常は見かけることもない。
しょっちゅうフグ屋をのぞいて見るわけでもないが、「当店のトラフグは神奈川産です」などと、明示しているものなのか。
つまり、神奈川ブランドだろうが何だろうが、現状は「幻の魚」なのである。
神奈川の水産業を縁の下で支える県の「水産技術センター」というところが、このトラフグの調査・研究を続けていて、「生粋の相模湾のトラフグが産まれました」とにぎにぎしく発表したのを思い出した。
去年の夏の事だったが、なんのこっちゃと思ったら、「県外産の親から採取した卵を使って孵化させた稚魚を放流してきましたが、今回、ついに相模湾産の親から採取した卵を使って孵化させることに成功し、今後の安定供給と量産化に向けた取り組みを強化していきます」と高らかに宣言したのだった。
そして稚魚4000尾が放流された。
今ごろは成魚に向けて湾内を泳ぎ回り、成長を続けていることだろう。
量産と安定供給は味の良さの次に大切な要素で、その確立なしにブランド化なんて図々しすぎるという意味において、"生粋の相模湾産まれ"の誕生はめでたい。
稚魚の誕生までは人が手助けするが「あとは自分で育ってね」というわけだから、"だいぶ天然に近い"と言ってもいいのかもしれない。
かくしてどこにも負けないトラフグ産地の誕生となりますかどうか…注目ではある。
何はともあれ、まずは試食して見なければ…
どこで口にできるのか…
わが俳句結社にはフグの調理師免許を持つ同人がいる。
彼の手づるは利用可能なりや。
鎌倉・腰越漁港