平方録

🎵夏~ぅはぁ~来ぃ~ぬぅ~

ナイタ ナイタ ホトトギス ガ ナイタ
キイタ キイタ ハツネ ヲ キイタ

円覚寺での坐禅を終え、まだ9時半だし天気も五月晴れの気持ちの良い日だったので、いつもと違う道を通って帰ろうと思い、久しぶりに浄智寺を覗いたあと寺の脇の竹垣に沿って山懐に入っていくと、やがて急なアップダウンの続く山道になる。
上り始めた時はこのまま進めば化粧坂を経て源氏山に出るなと思っていたが、これはボクのまったくの勘違いで、浄智寺からの山道は葛原ケ岡へと続いているのだ。

しばらく上っていくと葛原神社社務所という矢印が目に入って初めて勘違いに気づいたわけだが、山の頂上側から浄智寺へ下りることはたまにあるが、上ってくるのは20年ぶりくらいなので、ボクの記憶の回路が断線していたか、古びていて電気の通りが悪かったようである。
この記憶装置の不具合はおそらく経年劣化というやつだろう。困ったものだが、こればかりは生身の細胞でできている身としては致し方ないのだ。

所々で木々の合間からの眺望を楽しみつつ薫風を感じ、息を整えては登ってゆく。
途中で小学生の姉妹に追い越されてしまった。若い細胞と心肺機能がうらやましい。
ようやく平坦なところに出たなと思ったら社務所の矢印看板の次に目に入ったのが「玉コンニャク」「缶ビール」と書かれた手書きの看板である。
しかも、こちらの心を見透かすかのように看板がこちらに向かっておいでおいでをしている。

この手招きについふらふらと体が浮遊しかけると、今度は五月のさわやかな風がしきりと背中を押すものだから、さらにふらふらと近寄っていく。
醤油の焼けたような匂いまで漂ってくるのだ。
こういう場合に、このシチュエーションから抜け出せるご仁というものがあればお目にかかりたいものである。

玉コンニャクは3個串にささって100円。ビールは350ミリリットル缶が300円也。
まぁ観光地料金なのだが、身体に汗をかきながらとても良い有酸素運動をしてきたわけだから、そのご褒美でもあるのだ、と自分を納得させる。
玉コンニャクは味付けしている最中だったらしく「4分待ってください」といわれ、その微妙な時間設定も許す気になり、味付けが終わるまでの間、近くの木陰のベンチに腰を下ろしてビールだけ飲み始めたんである。

息を切らして登ってきた後のビールである。のど越しのビールのおいしさにため息を漏らしかけたその時、「オヤッ! 」と気づいたんである。
近くでもないけれど遠くでもないところから「トッキョキョカキョク」「トッキョキョカキョク」と鳴く鳥の声が響いてきたんである。
これぞまさしく、待ち望んだホトトギスの初音ではないか!

ウツギの白い花は散り始めてもいるし、新緑もすっかり青葉に代わった。カツオだってもう獲れているのに、山ではまだ鳴かないのかと待ち構えていたんである。
決して美声とは言えないけれど、あの独特の響きはやはり懐かしい。
どこからくる懐かしさかと言えば、これはもう夏の到来を告げるからで、「夏」の一字を持ってくるだけで頬づりしたくなるほどなのである。
これでようやく鎌倉に「夏は来ぬ」なのだ。
正直言ってうれしい。

思えばこの日は円覚寺の修行僧たちの集中修業期間と重なったため、いつも行われている横田南嶺管長による「伝心法要」の提唱がなく、30分ほど早く終わったのだ。そして、いつもと違った道を通って遠回りして帰ってきたんである。
こうした、いわば予定調和を崩すようなことが重なって、挙句に緑の塊の中に分け入って、これまた玉コンニャクが出来上がるのを待つ間、ビールでのどを潤したから聞こえたんであって、随分と印象深い初音となったものである。

坐禅と玉コンニャクとホトトギスが一直線にというか、串刺しになったというべきか。
ちなみに玉コンニャクは山形市内の千歳山のふもとで食べるものとは段違いなのだが、それはまぁ、今回の初音に免じて許そうではないかと思う。



鎌倉五山第4位の浄智寺の山門は上に鐘楼の付いた珍しいものである




茅葺の本堂前には自然の佇まいを再現したような庭が広がる


ここの住職にそっくりの顔をした布袋さんなのだ


浄智寺の竹垣を過ぎてさらに奥へ進む






葛原ケ岡への山道は険しいが、途中の眺望にはホッとする


ご褒美
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