平方録

ア・ヤ・シ・イ トコヤ

ジジイになったのでバスに100円で乗れることになり、そのバスに乗って隣町まで出かけ、散髪してきた。
2か月ぶりである。
髪の毛というものは気にしなけば伸びていようとクシャクシャであろうと一向に気にならないものだが、これがフトした弾みに襟足などに手が触れた途端、伸び加減が気になっていても立ってもいられなくなるような時があるのだ。

今回は特段、いても立ってもいられない様な切羽詰まった気持になったわけでもなく、見た目に特に伸びたなというわけでもないのだが、そうか、2か月も散髪していないなぁという時間の経過という1点をもってして、じゃぁ切って来るかということに相成った。
散髪の動機なんてものはそんな程度のもので、まなじりを決していくようなものではなくて、気が向いたとか、暇な時間が出来たからとか、案外そんなものである。

四国の四万十川をカヌーで下ろうと、初めて折りたたみ式のカヌーとキャンプ道具一式を背負って川下りに行った時も、ここから下ろうと決めた地点の河岸段丘の上に立つ、従って川の流れを見通せるところに床屋があったのでまずそこに立ち寄って散髪してもらったのだ。
子供のころから川で遊んできたというオヤジに髪の毛を切ってもらいながら、四万十のあれこれを聴くのはとても参考になったし、ひと月前には東京の大学生が土左衛門になって下流に流れ着いたのでお前もくれぐれも気をつけろと脅されもした。
床屋の椅子にじっと座っている時間というのは、話を聞くのに持って来いで、四万十川で最初にしたことが散髪だったというのはとてもいいアイディアだったと、今でも自画自賛しているのだ。

ところで床屋は差別用語であるという。したがって理髪店などと言い換えなくてはいけないらしいが、何で差別用語なのか釈然としない。
差別意識などあるはずがなく、あるのは地元のことに精通した、場合によってはちょんまげ時代の如く政治談議も出来る場所だという認識で、むしろ文化の香りの方が高いところが床屋なのだ。
それを差別なんて、どういうトンチキ野郎の発想だ。
飲み屋もいけないという。
知り合いのオヤジにどうなのさ? と聞いたら「何寝ぼけたこと言ってんだ。オレはれっきとした飲み屋の親爺だよ。飲食店でも居酒屋の親爺でもありません! 第一、飲食店なんていう軟弱なところで酒なんか飲む気になれるか? 飲むならやっぱり飲み屋だろ? 」と至極まともな答えが返ってきたのだ。
これが正直で勤勉で照れ屋で絵にかいたような善良な日本人の平均像なんである。

さて、昨日行った理髪店、もとい、床屋はターミナル駅の真ん前にある事を割り引いても常に込み合っている。
今流行のチェーン店ではないが、1000円床屋なのでボクのようなダンディーでしゃきっとしたジジイはもちろん、くたくたよれよれのジジイも1000円札を握りしめてヨロヨロ通ってくるような所である。
ボクは人に剃刀を使われるのが嫌と言うか、怖くてならないので床屋で髭をそってもらったことがない。
髭をそらないと1000円で100円のおつりがくるので、夏ならアイスキャンデーが買えるのだ。
今の時期なら100円ちょいを足してカップ酒を買ってペデストリアンデッキのベンチに座り、行き交う電車と乗り降りする人々を眺める……ウッソぴょ~ん!

バレンタインデーだったことを思い出し、売り出し中のバレンタインジャンボ宝くじというのを2900円も足して10枚買ったのだ。
とんだ散在になったものだが弾みとはそういうもので、弾んだ先で大当たりが出ますように。

さて、うなぎの寝床のような店内には椅子が10席ほどもあって、それでも混みあうのだから大したものなのだが、今風に言えば居並ぶ理容師さんたちがボクに言わせればア・ヤ・シ・イのだ。
店を仕切っているのは中年過ぎの女性だが、あとの8、9人は還暦前後とみられるジジイばかりがチョキチョキやっている。
普通なら自分の店を持って常連を抱えて床屋談義などしている年恰好の連中ばかりである。

ある時ひょんなことから「私は横浜で博打にはまりまして、1億円も負けちゃったんです。しかしそこで手入れがあって一網打尽にされて、結局1億円はチャラになったんですが、今こうしてるってわけです」などと、ハサミのチョキチョキ音と一緒に耳元でウソみたいな話を聞かされたことがあった。
まぁ話半分としても面白い店である。
昨日散髪してくれた人はやたらと丁寧な言葉遣いをする人で、物腰も含めてそう簡単には身につかないようなものをごく当たり前のようにやっているところがまた、謎めいているのである。
家に戻ったら、妻が「あら今日は上手に刈られてるわねぇ」と感心していたから、腕も確かなようである。

変なトコヤなのだ。






円覚寺龍隠庵に咲く紅白のウメ

コメント一覧

heihoroku
Re:飲食店で飲む?爆笑!
高麗の犬さま

四万十の川下りはいいですよ。
もう一度行きたいけど、もうフネ持ってないんだよなぁ。
高麗の犬
飲食店で飲む?爆笑!
以前、「ただいま差別的な表現がありました。」っていう言葉がラジオから流れてた時期があったな。いつの間にか消滅したがあれは何だったんだ?
四万十川カヌーかぁ。うらやましいねぇ。
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