本家の千夜一夜物語も実際は千に満たない数だそうだが、面白くない話をした途端に王に殺されるため、王妃?は毎日面白い話を作り上げたそうな。この続きはまた明日、ごきげんよう?で生き延びる。こーゆー過酷な放送作家のような暮らしを強いられた本家の方は結構悲惨やなぁ。
小学生の時に児童版を読み、空飛ぶ絨毯やジン(あちゃらの魔物)の話に時を忘れたが、長じて本来は結構キワドイ本でもあると聞き、読み直した事がある。もっともこれは、手塚治虫のアニメ化したものがなかなか官能的だったことが大きかったと思う。蛇足だがこの時の主題歌を演奏したのが、チャーリー=コーセイ氏が在籍した神戸のバンド、ヘルプフル=ソウルだった。
まぁ、はっきり言って文庫本は大学生にとって大したことは無かったなぁ。当時は『四畳半』事件が起きた後で、学究の徒であった我々は研究室にあったゼミ教官の本をコピーし、どこが猥褻か仲間内で確認したが裁判になること自体が不思議という時代だった。
これを当時の湿式コピー機(普通のコピーもあったが、高かったので青焼きと呼ばれる、ジアゾがまだ主流だった)にかけた所、生協のおばちゃんに『あんた、これって・・・』と咎めるように言われた。そこまで浸透していたということはかなりの騒ぎだったと言ってもよい。
その手の本は実家の本棚奥に眠っていたのだが、その中にあった有名な『O嬢の物語』をオカンが歯医者の順番待ちに持ち出したそうだ。宝塚で同名の歌劇があったからなのだが、さすがに途中で別物と気が付く。持ち帰ったら妹にも『これ、違うみたい』と言われたとか。あんたら母娘であほや、
うーん、読者の皆さんにお礼を述べるつもりだったのに・・・いつの間に猥褻本トークになってしまったんだろう。それだけ千一話に拘ったと言う事で・・・なにとぞお許しを(笑)。さぁ、死ぬまでにあとどれくらい書けるかな?
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