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ワイン物語(その3)

娘が2歳になる前に帰任の辞令が出た。実はその半年ほど前、カミサンがかなり深刻な病にかかり、先に娘を連れて帰国し入院していたのだ。当初は大したことあるまいとたかをくくっていた私であったが、日本の病院からも厳しいことを言われ、ついに所長に帰任を直訴した。所長がかなり上の役員だったこともあり、受け入れ側である日本の動きは迅速だった。あっという間に後任が決まり、荷物の整理に追われた。2本のワインは百本近い酒のストックの中で、もっとも念入りに梱包され日本へ送られた。

帰った時カミサンは既に退院していたが、治療の副作用と将来への不安で一杯のようだった。今なら当たり前と受け取れることが、その頃の自分には思いやる心が足らなかったようだ。すれ違いが隙間になり、隙間はやがて大きな空洞となった。そう、最後には2人が別々の道を歩み出すほどの大きさに。

それから18年。去年の12月末、コールさんのワインに同じ1987年のワインをもう1本つけて娘に送った。2本とも送ろう、そうも考えたがやはり2人で飲もうという最初の思いを守りたかったのだ。鉛のキャップシールを剥がし、コルクをふきんでよく拭いてからスクリューをねじ込んだ。根元まで入れた後、今度はゆっくりと引き抜く。

恐る恐る抜いたばかりのコルクを嗅いだ。さわやかなブドウの香、問題はなさそうだ。ワイングラスに注いでみる。モーゼルにしてはかなり色が薄く、若干透明度が落ちているようだ。一口軽く含み空気を吸ってみるとふくよかな香りが鼻に抜けた。大丈夫、保存具合は上々だ。そのまま飲み込むと自然な甘さが口の中に広がった。

20年という時がこのワインに落ち着いた奥行きのある味と香りを与えた。娘もこのワインに負けず成長してくれたと思う。ただ娘の成長に役立たなかった父としては嬉しさより申し訳なさが先に立つ。その晩、最期に飲み干した1杯は、ほんの少しだけしょっぱい味がした。
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