いよいよ今回の旅の最終日となりました
この日の朝一番の行先は ρ( ̄∇ ̄o) コレ
室戸岬
綺麗な朝焼けと、羽のようにも見える雲が印象的でした
暫くは朝日を堪能し、岬周辺を巡りました
御厨人窟(みくろど)
約1200年前の平安時代、青年時代の大師が悟りを開いたといわれる洞窟で、
内には五所神社と呼ばれる社があります。
“空海”と名前をつけたのも、ここから見える空と海に感銘を受けたからと言われています。
天狗岩
天狗岩と名のついた岩は何度か旅先で見ましたがこんなにハッキリと顔に見えるのも珍しいです
ただ・・ここのは天狗というより 猿 に見えるのは私だけ??
室戸岬にある展望台からの景色です
岩の部分には遊歩道も設けられているので時間的にゆとりがあるのであれば
奇岩と呼ばれる岩を見て回るのも楽しいかもしれません
↑ 写真の右下に小さく写っているのは 中岡新太郎 の銅像です
室戸岬灯台
恋人の聖地にも認定されている景観の良い場所でした
24番札所 最御崎寺(ほつみさきじ)
↑ 駐車場から灯台まで行く途中にありました
せっかく四国に来ているのだから一か所くらいは札所の記念写真を・・・とパチリ
道の駅 キラメッセ室戸
絶好のホエールウォッチングスポットとして有名な室戸岬ならではですね
室戸岬からはひたすら西に進み九州に戻ることとなります
岩崎弥太郎像と生家
幕末の激動の中を駈け抜け、武士から実業家に転身し三菱の創始者ですね
次に訪れるのは高知で最後の場所となります
高知城
国指定重要文化財の高知城は
日本で唯一本丸の建築群が現存する、江戸時代の姿を今に伝える城郭である。
追手門
石垣の上に渡櫓を載せた櫓門です。
門前は枡形になっており、防御時には石垣上の狭間堀や門上から攻撃できるようになっています。
石樋
雨が多いため、石垣から飛び出した石樋で排水していたそうです
山之内一豊の妻 千代
毎度のことですが人がいないタイミングを見計らってパチリ
天守閣
外観四重(内部3層6階)高さ18.5mの望楼型天守で
創建当初の様式を踏襲して1749年に再建された。
大入母屋とその上の唐破風、黒漆で塗られた高欄が特徴的で
1階北東角には現存するものとしては全国唯一の忍び返しもある。
今回の旅で訪れたお城は4つ
ここが敷地の広さといい、天守閣の規模といい、一番のお気に入りとなりました
さらに西に移動して愛媛県に再突入して向かった先は ↓
宇和島城
現在、堀は全て埋められ、三之丸をはじめ総郭部分約28万平方メートルは失われてしまいましたが、
本丸・二之丸などの郭を含む約10万平方メートルの城山は、国史跡(昭和12年)に、
現存12天守の1つに数えられる天守は国重要文化財(昭和9年)、
そして南側登城口城門の上り立ち門は市指定文化財(昭和38年)に指定されています。
案内板を見ると天守閣までの道が二手に分かれていたので
勾配は急ですが距離の短い道を選択w
井戸丸跡
何故か・・・この道を選択する人は・・・σ州- -*州以外にはいなかったみたい
三の門跡
汗だくになって漸く到着です
天守閣
宇和島伊達家2代宗利が寛文6年(1666)頃に再建、
3重3階総塗籠式(そうぬりごめしき)、層塔型(そうとうがた)の天守です。
各階の装飾性の高い破風(はふ)や懸魚(げぎょ)などから太平の世を象徴するものとして評されるとともに、
小さいながらも御殿建築の意匠が随所に見られ、非常に格式を重んじた造りとなっています。
万延元年(1860)、昭和35年(1960)に大修理を受けていますが、昔の姿を今もなお伝えています。
ここでも人が姿を消すのを暫く待ってパチリ
写真も撮った事だし、来た道とは違う道を戻っていたつもりのσ州- -*州ですが
途中で道を間違えたらしく全く違う場所に出てしまいました
il||li _| ̄|○il||li ナンテコッタイ
まさか登城口が2つあったとは・・・・
ここはターリンは車で待機していたので
私はお城の周囲を半周して駐車場に戻る羽目になってしまいました
佐田岬(さだみさき)
佐田岬(さだみさき)は、佐田岬半島先端にある、四国最西端の岬。
九州の佐賀関半島と向かい合い、豊後水道の最も狭い部分である豊予海峡(速吸瀬戸)を形づくる。
愛媛県西宇和郡伊方町(旧・三崎町)に属する。瀬戸内海国立公園の一部ともなっている。
灯台を見に行く以上、駐車場から多少歩くのは覚悟していますが・・・・
↓ この案内板を見て
180mの見間違いだろうと確認したら・・・間違いなく1800mって書いてる
ε=ε=ε=ε=ε=ε=ε=ε=ε= ヒイィィィ!!!!( ̄⊥ ̄ノ)ノ
と言っても此処まで来てスルーすることなんて出来ません
ここでもターリンは車で待機してσ州- -*州だけが灯台へ向かう事に・・・
。。。。(( T_T)トボトボ
山道をひたすら上り下りしてやっと見えて来ました
佐田岬灯台
時刻も5時を過ぎているのと雲が出てきたせいで少し暗くなってきました
隣の大島です ↓
この海の向こうは山口県ですが・・・見えないねw
灯台からの帰り道、椿山にある展望台からの景色です ↓
海の向こうに見える陸地は、大分県です
肉眼では別府湾も確認出来ました
これで四国の旅も最後となりました
旅の最後にまさか往復3600mも山道を歩くことになるとは思いもしませんでしたが
行って良かったと思える場所でした
次にまたこの辺りに来る機会があれば天気の良い日に来てみたいと思います
佐田岬から約30分ほどで移動して辿り着いたのは 三崎港 です
私たちを九州に連れて帰ってくれるフェリーが佐賀関から到着するところです
三崎港と佐賀関を繋ぐフェリーは一日に16便運航されています
1時間10分で佐賀関に着くのですが
佐賀関から我が家までは更にで3時間半ほどかかります
結局今回も日付変更線を越えての帰宅となりました
ターリンは約1700kmもの運転・・・本当にご苦労さまでした
また・・・何処か連れてってね
ヾ( , , *ヾ)ヨロシクオ願イシマス...
今回の旅では船を利用する事の楽しさを再確認しました^^
四国と九州を繋ぐ航路は他に3つあるのですが
いつか別のルートで四国を訪れてみたいものです
この日の朝一番の行先は ρ( ̄∇ ̄o) コレ
室戸岬
綺麗な朝焼けと、羽のようにも見える雲が印象的でした
暫くは朝日を堪能し、岬周辺を巡りました
御厨人窟(みくろど)
約1200年前の平安時代、青年時代の大師が悟りを開いたといわれる洞窟で、
内には五所神社と呼ばれる社があります。
“空海”と名前をつけたのも、ここから見える空と海に感銘を受けたからと言われています。
天狗岩
天狗岩と名のついた岩は何度か旅先で見ましたがこんなにハッキリと顔に見えるのも珍しいです
ただ・・ここのは天狗というより 猿 に見えるのは私だけ??
室戸岬にある展望台からの景色です
岩の部分には遊歩道も設けられているので時間的にゆとりがあるのであれば
奇岩と呼ばれる岩を見て回るのも楽しいかもしれません
↑ 写真の右下に小さく写っているのは 中岡新太郎 の銅像です
室戸岬灯台
恋人の聖地にも認定されている景観の良い場所でした
24番札所 最御崎寺(ほつみさきじ)
↑ 駐車場から灯台まで行く途中にありました
せっかく四国に来ているのだから一か所くらいは札所の記念写真を・・・とパチリ
道の駅 キラメッセ室戸
絶好のホエールウォッチングスポットとして有名な室戸岬ならではですね
室戸岬からはひたすら西に進み九州に戻ることとなります
岩崎弥太郎像と生家
幕末の激動の中を駈け抜け、武士から実業家に転身し三菱の創始者ですね
次に訪れるのは高知で最後の場所となります
高知城
国指定重要文化財の高知城は
日本で唯一本丸の建築群が現存する、江戸時代の姿を今に伝える城郭である。
追手門
石垣の上に渡櫓を載せた櫓門です。
門前は枡形になっており、防御時には石垣上の狭間堀や門上から攻撃できるようになっています。
石樋
雨が多いため、石垣から飛び出した石樋で排水していたそうです
山之内一豊の妻 千代
毎度のことですが人がいないタイミングを見計らってパチリ
天守閣
外観四重(内部3層6階)高さ18.5mの望楼型天守で
創建当初の様式を踏襲して1749年に再建された。
大入母屋とその上の唐破風、黒漆で塗られた高欄が特徴的で
1階北東角には現存するものとしては全国唯一の忍び返しもある。
今回の旅で訪れたお城は4つ
ここが敷地の広さといい、天守閣の規模といい、一番のお気に入りとなりました
さらに西に移動して愛媛県に再突入して向かった先は ↓
宇和島城
現在、堀は全て埋められ、三之丸をはじめ総郭部分約28万平方メートルは失われてしまいましたが、
本丸・二之丸などの郭を含む約10万平方メートルの城山は、国史跡(昭和12年)に、
現存12天守の1つに数えられる天守は国重要文化財(昭和9年)、
そして南側登城口城門の上り立ち門は市指定文化財(昭和38年)に指定されています。
案内板を見ると天守閣までの道が二手に分かれていたので
勾配は急ですが距離の短い道を選択w
井戸丸跡
何故か・・・この道を選択する人は・・・σ州- -*州以外にはいなかったみたい
三の門跡
汗だくになって漸く到着です
天守閣
宇和島伊達家2代宗利が寛文6年(1666)頃に再建、
3重3階総塗籠式(そうぬりごめしき)、層塔型(そうとうがた)の天守です。
各階の装飾性の高い破風(はふ)や懸魚(げぎょ)などから太平の世を象徴するものとして評されるとともに、
小さいながらも御殿建築の意匠が随所に見られ、非常に格式を重んじた造りとなっています。
万延元年(1860)、昭和35年(1960)に大修理を受けていますが、昔の姿を今もなお伝えています。
ここでも人が姿を消すのを暫く待ってパチリ
写真も撮った事だし、来た道とは違う道を戻っていたつもりのσ州- -*州ですが
途中で道を間違えたらしく全く違う場所に出てしまいました
il||li _| ̄|○il||li ナンテコッタイ
まさか登城口が2つあったとは・・・・
ここはターリンは車で待機していたので
私はお城の周囲を半周して駐車場に戻る羽目になってしまいました
佐田岬(さだみさき)
佐田岬(さだみさき)は、佐田岬半島先端にある、四国最西端の岬。
九州の佐賀関半島と向かい合い、豊後水道の最も狭い部分である豊予海峡(速吸瀬戸)を形づくる。
愛媛県西宇和郡伊方町(旧・三崎町)に属する。瀬戸内海国立公園の一部ともなっている。
灯台を見に行く以上、駐車場から多少歩くのは覚悟していますが・・・・
↓ この案内板を見て
180mの見間違いだろうと確認したら・・・間違いなく1800mって書いてる
ε=ε=ε=ε=ε=ε=ε=ε=ε= ヒイィィィ!!!!( ̄⊥ ̄ノ)ノ
と言っても此処まで来てスルーすることなんて出来ません
ここでもターリンは車で待機してσ州- -*州だけが灯台へ向かう事に・・・
。。。。(( T_T)トボトボ
山道をひたすら上り下りしてやっと見えて来ました
佐田岬灯台
時刻も5時を過ぎているのと雲が出てきたせいで少し暗くなってきました
隣の大島です ↓
この海の向こうは山口県ですが・・・見えないねw
灯台からの帰り道、椿山にある展望台からの景色です ↓
海の向こうに見える陸地は、大分県です
肉眼では別府湾も確認出来ました
これで四国の旅も最後となりました
旅の最後にまさか往復3600mも山道を歩くことになるとは思いもしませんでしたが
行って良かったと思える場所でした
次にまたこの辺りに来る機会があれば天気の良い日に来てみたいと思います
佐田岬から約30分ほどで移動して辿り着いたのは 三崎港 です
私たちを九州に連れて帰ってくれるフェリーが佐賀関から到着するところです
三崎港と佐賀関を繋ぐフェリーは一日に16便運航されています
1時間10分で佐賀関に着くのですが
佐賀関から我が家までは更にで3時間半ほどかかります
結局今回も日付変更線を越えての帰宅となりました
ターリンは約1700kmもの運転・・・本当にご苦労さまでした
また・・・何処か連れてってね
ヾ( , , *ヾ)ヨロシクオ願イシマス...
今回の旅では船を利用する事の楽しさを再確認しました^^
四国と九州を繋ぐ航路は他に3つあるのですが
いつか別のルートで四国を訪れてみたいものです
大好きな坂本竜馬さんのそばに行けて羨ましい。
高知なら、ひめちゃんちからと大阪からとは、同じぐらいの距離ね。
私もいつか行きたい行きたいと思いながら、なかなかおみこしが上がらなくて。
ターリンさん、今回もお疲れ様でしたでしょう。
殆ど更新していないのにコメありがと^^
竜馬の銅像はあちこちにあるけど、やっぱり桂浜で見る竜馬が一番かしらねw
私も四国は遠いって感じで今まで行く機会がなかったんだけど
この数年で九州内の観光地には行き尽くした感があってさ・・・
関西までは車では無理だけど四国なら何とかって事で行ってみたの。
帰りに少しだけ船で休憩が出来てターリンも船はお気に召したみたいよ^^