皆さま、こんばんは。
冷え込みがちょっとましになって、今日は過ごしやすかったですね。
昨日、家族で天王寺APAホテルのカフェで西成ジャズを聞きに行ってきました。
久しぶりのジャズ。
しかも、臼井優子さんのパワフルボイス♪
昔、ボイトレを習っていました、私。
それは、出来の悪い生徒だったはずです。
ちょっと、話は長くそれます。
当時、数年前かな?
それまで無理をして仕事や生活をしてきたから、身体が悲鳴をあげました。
首が真横のまま固まって、激痛が走って、何も出来なくなりました。仕事も着替えもです。
色んな病院を回ったけれど、原因は分からなかった。
大学病院で左手を使い過ぎた為に、左右の筋肉のバランスが取れなくなる斜傾『シャケイ』ではと診断されました。
病院に入院して、麻酔科で治療しました。固まった首が動くようになるまで、2年位かかったかな。
その時、私のお母さんは近くに住んでいました。
と言うか、私がお母さんの近くに引越しして、お母さんを見守っていたの。
お母さんは、私が障害者の職業訓練校にいた時に、どうやって知ったのか会いにきました。怖くて走って逃げたけれど、お父さんの借金で生活が苦しかった。妹と弟の面倒をみてって話をして、時々会っていました。
お母さんは昔、一緒に逃げた男と住んでいて、女癖と浪費癖の悪いのに良く泣かされては、私に電話して泣き叫んでいた。あんな事をされていたのに、まだ私はお母さんが好きでした。いつか、目を覚ましてくれるって思ってた。
私が婚約していた人に騙されて、風俗の仕事に追い込まれる前もお母さんに相談して断られた。
体が動かなくなって入院して『入院の同意書書いて欲しい。』と電話して頼んだ時に来て『元気やんか!』と、すぐ帰ったっけ。
年末に、入院してる病院からベッドの空きがないからと、先の見通しもないまま他の病院に転院しました。
それまでの貯金を切り崩して、入院費や生活費を払っていた。
けれど、お金もなくなって、またお母さんにも断られて、不安定になって自殺未遂をしました。
そのまま、精神病院に入院した。その時も、ほんとに苦しかったな。
お母さんに何度も見放され、やっぱり私は生きる価値はない人間なんだ。動かない体で、どうする事もできない。
そう思っていた時に、病院のソーシャルワーカーさんに生活保護の手続きをしてもらって、光が見えました。
歌をうたって元気が出ました。
体が回復してきて、だんだん心も回復しました。
けれど、相変わらずお母さんは気まぐれに電話してきて、会う約束をしてはすっぽかされたり、嘘をつかれます。
お母さんは妹とは仲良くしてるのに、なんかおかしかったのです。妹と会うたびに、お姉ちゃんはおかしいと言われます。
そのたびに傷ついて、お酒を浴びるほど飲みました。
それから首も完全に快復して、事務のお仕事につきました。でも、前向きになると必ずお母さんに嫌がらせをされました。
本当に信じられないけれど、この嫌がらせはカウンセリングを受けた、つい最近までありました。
岡田ユキ先生も母親から嫌がらせされた話を聞いて、やっぱりと思いあたりましたよ。
当時、歌をうたって、月1でアマチュアの発表会に出て癒されていました。
その時にボイトレを習ってお世話になったのが、臼井優子さんでした。
お酒を飲んでふらふらしている私は、どう見えていたのかな?
今考えると、ほんとに恥ずかしい!
お母さんのそばにいるのに耐えられなくなって、引越しをして疎遠になって数年後。
泉の国ジャズストリートで再会して、昨日ライブに行かせてもらいました。
変わらない笑顔の先生。
もうひとり、当時お世話になったピアニストのお友達がいます。
昔の私を知っていても、良いお母ちゃんになったね!っと、言ってくれました。
勇気を出すきっかけを作ってくれた、素晴らしいお友達です。
音楽に関わる人は、良い人が多いんだな!
おかげ様で、なんと一位になっています。わ~!ありがとうございます!(^^)!
読んで下さっている皆様のおかげです。
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