ケセランパサラン読書記 ーそして私の日々ー

◆ 『氷島』より『歸郷』 萩原朔太郎  政治公論社

                   
                       前橋市敷島公園の松林の中にある『帰郷』の歌碑。


 15年前の、今ごろの時季のこと。
 札幌から羽田に着いて上野へと行き、夜、特急「あかぎ」に乗った。
 
 乗客は、まばらで、なんとなくうら寂しいような、車内だった。
 
 夫が北関東へ転勤となったのだった。

 夜汽車は、関東平野をひた走る。

 窓外には家々の灯りもまばらで、真っ暗な闇夜をひた走る列車。

 私は、朔太郎を思い出していた。

 朔太郎の妻は、若い学生と札幌に遁走し、朔太郎は二人の子どもを連れて、故郷の前橋へ向かう列車に乗った。
 朔太郎はその時の心境を詩にしたためている。


 先日、親しい人たちと、お酒を愉しく呑んだ。

 その日の夜も、上野から特急「あかぎ」に乗った。

 窓外の闇を、見ながら、私は思った。
 この夜汽車に乗ることも、もう、ない、と。


 どんなに愉しい時間を過ごしても、乗る度に、朔太郎の寂寥と絶望へ思いを馳せた夜汽車でした。




      歸郷
            昭和四年の冬、妻と離別し二兒を抱へて故郷に歸る

  わが故郷に歸れる日
  汽車は烈風の中を突き行けり。
  ひとり車窓に目醒むれば
  汽笛は闇に吠え叫び
  火焔は平野を明るくせり。
  まだ上州の山は見えずや。
  夜汽車の仄暗き車燈の影に
  母なき子供等は眠り泣き
  ひそかに皆わが憂愁を探れるなり。
  鳴呼また都を逃れ來て
  何所の家郷に行かむとするぞ。
  過去は寂寥の谷に連なり
  未來は絶望の岸に向へり。
  砂礫のごとき人生かな!
  われ既に勇氣おとろへ
  暗憺として長なへに生きるに倦みたり。
  いかんぞ故郷に獨り歸り
  さびしくまた利根川の岸に立たんや。
  汽車は曠野を走り行き
  自然の荒寥たる意志の彼岸に
  人の憤怒を烈しくせり。








 

 

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