前橋市敷島公園の松林の中にある『帰郷』の歌碑。
15年前の、今ごろの時季のこと。
札幌から羽田に着いて上野へと行き、夜、特急「あかぎ」に乗った。
乗客は、まばらで、なんとなくうら寂しいような、車内だった。
夫が北関東へ転勤となったのだった。
夜汽車は、関東平野をひた走る。
窓外には家々の灯りもまばらで、真っ暗な闇夜をひた走る列車。
私は、朔太郎を思い出していた。
朔太郎の妻は、若い学生と札幌に遁走し、朔太郎は二人の子どもを連れて、故郷の前橋へ向かう列車に乗った。
朔太郎はその時の心境を詩にしたためている。
先日、親しい人たちと、お酒を愉しく呑んだ。
その日の夜も、上野から特急「あかぎ」に乗った。
窓外の闇を、見ながら、私は思った。
この夜汽車に乗ることも、もう、ない、と。
どんなに愉しい時間を過ごしても、乗る度に、朔太郎の寂寥と絶望へ思いを馳せた夜汽車でした。
歸郷
昭和四年の冬、妻と離別し二兒を抱へて故郷に歸る
わが故郷に歸れる日
汽車は烈風の中を突き行けり。
ひとり車窓に目醒むれば
汽笛は闇に吠え叫び
火焔は平野を明るくせり。
まだ上州の山は見えずや。
夜汽車の仄暗き車燈の影に
母なき子供等は眠り泣き
ひそかに皆わが憂愁を探れるなり。
鳴呼また都を逃れ來て
何所の家郷に行かむとするぞ。
過去は寂寥の谷に連なり
未來は絶望の岸に向へり。
砂礫のごとき人生かな!
われ既に勇氣おとろへ
暗憺として長なへに生きるに倦みたり。
いかんぞ故郷に獨り歸り
さびしくまた利根川の岸に立たんや。
汽車は曠野を走り行き
自然の荒寥たる意志の彼岸に
人の憤怒を烈しくせり。
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