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水中の動物たちの呼吸11

2022-08-15 08:00:00 | 日記
ヘモグロビンとヘモシアニン その2

ヘモグロビン(Hb)とヘモシアニン(Hc)はどちらも酸素を運ぶ血液中の色素ですが、今回はそれぞれの分子と循環系の違いについて見てみます。
なお、イカとタコのHcについてはほぼ同じものとして区別していません。
1. それぞれの構造と特徴
まず、その分子の大きさが図のように大きく違い、直径の比較ではHbはHcの約1/6程度です。
Hb分子は鉄原子を1つ持つ単位分子が4つ集まっていて、形は球状に近く直径が約6nmです。(nm(ナノメーター)とは1cmの1千万分の1)
Hc分子は図のように円筒形をしていて、それは80個の単位分子から成り立っている。その単位分子にそれぞれ2つの銅原子が含まれている。

HbとHcの分子量(分子の重さに相当、水素原子の重さを1としたときの比率)
はHbが約6万4500に対して、Hcは約385万と約60倍にもなります。
Hbは4つの鉄原子に酸素分子4つを結合し、Hcは160個の銅原子に酸素分子80個を結合して運ぶのです。

Hbでは6万4500の分子が4個の酸素を運ぶので酸素1分子当たりでは1.6万の分子量となり、Hcでは同様に4.8万の分子量となります。
重さが60倍も差があるにもかかわらず、HbとHcが酸素1分子を運ぶには3倍程度の分子量の差しかありません。Hbの方が確かに効率は良いですが、Hcもいい仕事をしています。

Hbの中の鉄イオン(Fe2+)は酸素と結合して錆(さび)やすい(酸化されるとFeOになる)という性質があるので、鉄原子が酸素を引き付けてそばに置くけど、酸化はしないように周囲の分子が制御しています。

一方、Hc中の2個の銅イオン(Cu+)は酸素がくると酸化して酸化第2銅
(Cu2O2)つまりCu2+に変わります。酸素と結合してもしなくても、銅の安定性はほとんど変わらないので酸素を簡単に放出できます。でも酸素と結合したCu2+は青い色をしているのでイカ・タコの動脈血の色は青く、静脈血は透明です。

2. Hcとイカ・タコの血液循環
Hbは魚類から鳥類、哺乳類まで赤血球の中に納められていますが、Hcはすべて循環血液であるヘモリンパ液に溶解・分散しています。
さて、イカ・タコ以外では、Hcを利用する軟体動物の血管系は、解放血管系といって動脈から先の末梢毛細血管と静脈系を持たない構造です。

血管から流れ出たヘモリンパ液は各臓器の間隙(血体腔)や臓器内の細胞へ直接に酸素と栄養を運び老廃物と二酸化炭素を受け取って、臓器の間を流れてから再び心臓に戻ります。Hcはヘモリンパ液に溶けていますが、もしもHbのように血球に収納されたらどうなるでしょうか。
比較のために、脊椎動物である魚の赤血球の大きさを見てみましょう。Hcは巨大な分子ですが、図のように赤血球はヘモシアニンの約300倍も大きいので、十分に血球に収納することは可能です。

ここからは、私の推論です。
このような大きさの細胞が組織間隙を十分な早さで流れるのは無理でしょう。
組織内を滞ることなく流れて酸素を運搬するためにはHcが分子として循環液に溶けている方が有利だったと思われます。
ヘモグロビンの場合はHcと同じように血漿中に分散するとその毒性(一酸化窒素との結合)による血管収縮、心筋毒性、腎障害を引き起こすために、赤血球に収納するようになったのかもしれません。
イカ・タコの話に戻りましょう。
約5億年前にエディアカラ紀、カンブリア紀に、一枚貝に似たキンベレラやプレクトロノセラスのような祖先の軟体動物から、現在のハマグリ(二枚貝)、オウムガイやアワビ(巻き貝)イカ・タコへ分化して進化しました。貝類はすべて解放血管系であり、末梢毛細管と静脈系をもつ閉鎖循環系となったのはイカ・タコだけです。
進化の中で、貝殻のような盾を作るという防御作戦の代わりに魚類に匹敵する飛躍的な運動能力を得て生存を図るために、閉鎖循環系という酸素運搬には効率の良い循環系を獲得していった。しかし循環血液中に溶解しているHcを血球に納めるような進化圧力はなかったのかもしれません。こうして、イカ・タコは閉鎖循環系にもかかわらずHcを酸素運搬色素としているのでしょう。

参考文献
・3.8MDaの超巨大酸素運搬タンパク質Hcの結晶構造. 生化学 90:238-243(2018)
・キャンベル生物学 原書11版 2018
・「タコの身体問題」ピーター・ゴドフリー=スミス
・魚類生理学概論第5版 2000 恒星社厚生閣
・水産無脊椎動物学入門 2014 恒星社厚生閣

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1 コメント

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Unknown (mima1025-2005)
2022-08-23 21:20:13
前半ムズカシかったけど、後半タコ・イカの話に戻るとワクワクと興味がわきました!
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