安らぎの里・お絵描き、写真、時々古典

次男の絵・ワードでお絵かき・街の鳥、花、景色の切取・時々古典文学・いろいろ発信しています。

昭和ー3

2018-05-09 14:02:33 | 古典

 

昭和ー3

(明治・大正・昭和)

 

三島 由紀夫(みしま ゆきお)

1925年(大正14年)~ 1970年(昭和45年) 45歳没

 

小説家・劇作家・随筆家・評論家・政治活動家・戦後の日本文学界を代表する作家の一人であると同時に、ノーベル文学賞候補になるなど、日本語の枠を超え、海外においても広く認められた作家である。 

代表作は小説に『仮面の告白』『潮騒』『金閣寺』 

晩年は政治的な傾向を強め、自衛隊に体験入隊し、民兵組織「楯の会」を結成。1970年(昭和45年)11月25日、楯の会隊員4名と共に自衛隊市ヶ谷駐屯地(現・防衛省本省)を訪れ、バルコニーでクーデターを促す演説をした後、割腹自殺を遂げた。この一件は世間に大きな衝撃を与えた。

 

 

 

 

三好達治みよし たつじ)

 

1900年(明治33年)8月23日 ~ 1964年(昭和39年)大阪出身

詩人、翻訳家、文芸評論家。

 

代表作

『測量船』
『駱駝(らくだ)の瘤(こぶ)にまたがつて』

 

 

 

 

今日も見ていただいて有難うございました。

  

では又~~   

 


昭和ー2

2018-05-06 22:39:02 | 古典

 

昭和ー2

(明治・大正・昭和)

 

井上 (いのうえ やすし)

1907年(明治40年)~ 1991年(平成3年)84歳没

北海道出身 小説家。文化勲章受章。

『闘牛』(1950年)で芥川賞受賞

『氷壁』(1957年) 『天平の甍』(1957年) 『敦煌』(1959年)
『おろしや国酔夢譚』(1968年) 『孔子』(1989年)

 

 

 

 

新美南吉(にいみ なんきち)

1913年(大正2年)~1943年(昭和18年)29歳没 

愛知県出身。児童文学作家

雑誌『赤い鳥』出身の作家の一人であり、彼の代表作『ごん狐』(1932年)はこの雑誌に掲載されたのが初出。結核により29歳の若さで亡くなったため、作品数は多くない。童話の他に童謡、詩、短歌、俳句や戯曲も残した。彼の生前から発表の機会を多く提供していた友人の巽(たつみ)聖歌(せいか)は、南吉の死後もその作品を広める努力をした。

『ごん狐』(1932年)  『デンデンムシノカナシミ』(1935年) 

『おぢいさんのランプ』(1942年) 『牛をつないだ椿の木』(1943年)  『手袋を買いに』(1943年)

 

           

※「ごん狐」は子供の小学4年か、5年の国語の教科書に載っていたお話でとっても有名です。最期は「ごん」がヒョウジュウ爺さんに鉄砲で撃たれて死んでしまうのです。今まで散々悪いことをした「ごん」だったので悪かったことを悔いておじいさんに魚や野菜を運ぶのですが、時すでに遅し・・・

子供よりも私達、親の方が涙が出る様なお話でした。それで南吉のファンになり「手袋を買いに」やその他の本を読み漁りました。29歳で亡くなっておられたのは知りませんでした。

 

今日も見ていただいて有難うございました。

 

 

 

では又~~   


昭和ー1

2018-05-04 19:24:02 | 古典

 

 

昭和ー1

(明治・大正・昭和) 

 

 

壺井 (つぼい さかえ)

1899年(明治32年)~ 1967年(昭和42年)68歳没

小説家。詩人。 香川県小豆郡坂手村(現在の小豆島町)出身

主に一般向小説および児童文学(童話)を主領域に活躍した作家で、戦後反戦文学の名作として後に映画化された『二十四の瞳』の作者として知られる。 

 

 

 

 

山本 周五郎(やまもと しゅうごろう)

1903年(明治36年)~1967年(昭和42年)64歳没

『樅ノ木は残った』『赤ひげ診療譚(しんりょうたん)』
『五瓣の椿 』『季節のない街』『さぶ』

 

今日は風が強い時間は少しありましたが、風邪より、寒さが堪えました。

今日も見ていただいて有難うございました。 

 

では又~~

  


大正時代ー8

2018-05-02 20:56:21 | 古典

 

 

大正時代ー8

(明治・大正・昭和)

 

芙美子(はやし ふみこ)

1903年(明治36年)~ 1951年(昭和26年)小説家。

物心ついた小学生時代に貧しかった生い立ちからか、底辺の庶民を慈しむように描いた作品に名作が多くある。

戦後は、(20年からの6年間)戦争に打ちのめされた庶民の悲しみを、ただひたすらに書きつづけました。

放浪記は、森光子主演の舞台であまりにも有名ですが、舞台回数は前人未到の2017回でした。

主な作品 

『放浪記』(1930年) 『清貧の書』(1933年) 

『浮雲』(1951年)  『めし』(1951年)

 

 

 

太宰 治(だざい おさむ)  

1909年(明治42年)~ 1948年(昭和23年)( 38 歳没) 小説家

自殺未遂や薬物中毒を克服し戦前から戦後にかけて多くの作品を発表。

没落した華族の女性を主人公にした『斜陽』はベストセラーとなる。その作風から坂口安吾、織田作之助、石川淳らとともに新戯作派、無頼派と称された。38歳で投身自殺した短い生涯は苦悩に満ちたものだったが、作品は権威に対する反逆と、弱いものの見方として愛と真実を求める精神に貫かれており、今なお多くの若者の共感を得ている。

 

著 書 : 人間失格・斜陽・走れメロス・津軽・お伽草紙

 

 

 

今日も見ていただいて有難うございました。 

 

 

 

では又~~  


大正時代ー7

2018-04-29 14:24:48 | 古典

 

 

大正時代ー7

(明治・大正・昭和) 

川端康成

1899年(明治32年)~1972年(昭和47年)小説家、文芸評論家。

大正から昭和の戦前・戦後にかけて活躍した近現代日本文学の頂点に立つ作家の一人である、様々な章を受章している。 

芸術文化勲章(1960年)
文化勲章(1961年)
ノーベル文学賞(1968年)

1972年(昭和47年)4月16日夜、72歳でガス自殺した。(なお、遺書はなかった)

 主な作品

『伊豆の踊子』(1926年)   『抒情歌』(1932年)
『禽獣』(1933年)       『雪国』(1935年-1948年)
『千羽鶴』(1949年)      『山の音』(1949年)
『眠れる美女』(1960年)    『古都』(1961年)

 

川端は子供時代から常に天涯孤独でした。もっとも目をかけていた三島由紀夫の自殺を受け、彼は精神的にかなりの打撃を受けたようだ。老いることで近づく死への恐れ。ノーベル賞をとったことで、それ以上の作品を書くことはできないと作家としての限界に気づき、絶望したのかもしれません。
どの理由にしても「孤独」が彼を死に追いやったのであろう。

 

 

 

 

佐多 稲子 (さた いねこ)

 1904年(明治37年)1998年(平成10年)(94歳没)

 長崎県出身 小説家

1928年、『キャラメル工場から』を発表し、プロレタリア文学の新しい作家として認められる。1929年にはカフェの女給経験を綴った『レストラン・洛陽』を発表し、川端康成に激賞された

 代表作品

『キャラメル工場から』(1928年)
『くれなゐ』(1938年)
『樹影』(1972年)
『夏の栞』(1983年)

 

 

 今日も見ていただいて有難うございました。 

 

 では又~~