ちーむひじかた<管理人の小部屋>

ちーむひじかたのMIFが徒然にぼやくのだ。

死刑執行

2011-12-28 15:09:28 | ニュースとか
昨年7月に当時の千葉法相がサインして執行されて以後死刑執行はなされておらず、現職平岡法相も「死刑はヒトの命を絶つ重大な刑罰」であるとして執行署名には慎重な考えを示し、年内の執行が行われないのはほぼ確定的となり19年ぶりに死刑執行ゼロとなる見通し。
刑法では、判決が確定してから6ヶ月以内に法務大臣の命令を以て執行するよう定義されているので、大臣は自分の考えがどうこう以前に法のトップが重大な法律違反を犯している状態を理解していない。
法律のトップであるはずの法務大臣が法律違反をするという状態を何時までも容認していながら軽微な犯罪での過剰な摘発や検察のねつ造などがクローズアップされていてすでに守るべきものがなんなのかわからなくなってやがる。
自分の主張を通したいなら責務を放棄せざるを得ないのだから法相を辞職してまず法律を改正し死刑を廃止する方向で活動すべきで、それをしないまま法相として法律違反を続けるならこれは権力の私物化と言わざるを得ない。
多くの死刑囚は、自分が裁判で死刑を宣告された瞬間に立ち会ってるはずで、その時点でいずれ自分は死ぬんだというある種の覚悟というか開き直りを大なり小なりしているはず。
しかし、それがいつまでたっても執行されないとなると、基本的に死刑囚には前もっていつ執行されるかを早い時期から通告するわけじゃないので、死刑囚の心理としては「いつ執行の通達が来るのか」という恐怖があるだろう。
判決直後は「コレで死ぬことが確定した」と腹をくくって「いつでもいいぞ」という開き直った心理状態になったとしても、延々と引き延ばしされたらその覚悟も持続できずに薄まって、死への恐怖だけが増大していくのではないだろうか。
死刑反対派の人権団体と称する連中は「死刑は残酷刑だ」とか「ヒトがヒトの命を奪う権限を有していいのか」等というが、何時までも生殺しだったり、なにすることなく刑務所に放り込んでおくことに意味があるのだろうか。
覚悟が固まっている間にすっぱりと責任を取らせる形で速やかに執行するほうが「死んで楽になる」ので人道的にも加害者側の人権を守ると思うんだよな。
延々引っ張って生かし続けることのほうが「生かさず殺さず苦痛を与え続ける」ようななぶり殺しの考え方に近い、より残忍な復讐方法で、加害者側の人権を蹂躙してるんだと思うんだけどさ。


最新の画像もっと見る

コメントを投稿