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単極主義の終焉ー戦略資産の配置転換を模索するアメリカ(2024年2月24日)

2024-02-23 18:58:40 | 時事

アメリカの2024年2月14日付フォーリン・アフェアーズ誌にカーネギー国際平和基金(the Carnegie Endowment for International Peace)のスティーヴン・ワースハイム(Stephen Wertheim)による「なぜアメリカは全てを手に入れることが出来ないのかーワシントンは優位性と優先順位の間で選択をしなくてはならない」(Why America Can't Have It All: Washington Must Choose Between Primacy and Prioritizing)と題する論説が掲載されている。

この論説のキーワードは、「優先順位」(priority)と「削減」(retrenchment)であり、これらの言葉の意味するところは、優先順位を誤った結果、全ての物事に関わるにはアメリカの手に余る状況が生じているために、状況に応じて戦略的な削減を行わなくてはならないということである。このような論説が登場した背景には、ウクライナがロシアに軍事的に勝利できる可能性が失われたという、アメリカの政策立案者の間に広がりつつある認識が存在するが、ワースハイムは、ウクライナのみならず、イスラエルのガザや西岸地区侵攻を巡る西アジア情勢の管理にも困難な状況が生じており、アメリカが世界のあらゆる地域で優位性の維持に固執するかぎり、危機が更なる危機を招くだけであるから、選択的な削減を行うことにより、リスクとコストを調整する必要があると論じている。さらに、アメリカが1992年以降国際的な軍事展開を通じて維持してきた単極支配の構造は事実上もう終わったのであり、世界規模での軍事支配の維持は、アメリカの発展にとって必要なものではなく、アメリカは、「リベラルデモクラシ―を保護し、政党政治を回復し、市民の信頼を取り戻す」ことが先決であり、「比類なき軍事力と絶え間ない自己刷新能力を持ち、両洋に守られたアメリカは、自らの運命の主人となるべきだ」と締めくくっている。

ワースハイムが「優先順位」を問題にするのは、バイデン政権が、本来戦略的資源を対中国に集中すべきだったところ、ロシアとの関係の外交的調節に失敗し、今日の事態を招き、それが困難になったとの認識があるからである。バイデンは、2021年6月にプーチンと首脳会談を行い、戦略対話を開始したが、その際にバイデンがウクライナとNATOの関係に関する交渉を拒否したために、それがロシアの軍事行動を防げなかった理由のひとつだとワースハイムは論じている。つまり、ウクライナがNATOに加盟しないことを確約するのは、ロシアとの関係を安定的に保つために避けて通れない事柄だったが、バイデンがそれを怠ったというのである。しかし、バイデンこそは、国家安全保障問題担当大統領補佐官のジェイク・サリバンや国務次官のビクトリア・ヌーランドらとともに、対ロ強硬派の利益を代表する存在として、最もウクライナに肩入れしてきた人物である。

西アジアにおいては、イランとサウジアラビアの国交正常化を受けて、アメリカの仲介による、サウジアラビアとイスラエルの平和条約の締結によるアブラハム合意の実施と定着がはかられたが、これは結局のところ、イランに敵対する勢力の結集によるパレスチナの疎外を意味し、結果として、2023年10月7日のハマスによるイスラエル攻撃の前提を作ったとし、政治的目標や防衛義務を縮小しつつ、撤退を図ることによって、ヨーロッパや西アジアに危機的状況を作り出さないことが、アメリカにとっての国益であるとワースハイムは論じている。

このようにアメリカのプレゼンスを削減した場合の地域安全保障をどのように補填するかということだが、ワースハイムは、アメリカが西アジアにおける混沌とした状況から抜け出し、尚且つ、ヨーロッパの安全保障をヨーロッパ各国に担わせることを、不安定な優位性パラダイムの代替策として提示する。さらに、中国とは「競争的な共存」(competitive coexistence)を図りながら、軍事力を利用して、中国が地域的な覇権を確立するのを防ぐべきと論じている。この場合の軍事力の前提に、日韓米の軍事同盟の一層の強化があるのは言うまでもない。

ワースハイムは、優位性パラダイムに代わるこのような方策が、同盟国の安全保障を大統領選挙の結果に左右される不安定性から守り、国内においても、リベラルレフト、中道派、「アメリカ・ファースト」の右派の全てに受け入れられる方向性であると説く。しかしながら、ワースハイムは、修正案が機能するためには、ウクライナのNATO加盟は拒否されなくてはならないとも論じている。今次のウクライナ事態が引き起こされた理由の大きな一つがNATOの東方拡大であったことは、ワースハイム自身がこれを認める言論を以前に行っている。また、例外主義にもとづいたアメリカの優位性パラダイムを当然のこととして受け入れているアメリカ世論が潜在的な障害であるとも説く。

つまり、ロシアが軍事的にウクライナに縛られている間に、NATOの枠組みを利用して、ヨーロッパの安全保障責任をEUとNATO加盟国にシフトして、ロシアに軍事的拡大の余地を与えることなく、ヨーロッパからは段階的に手を引くべきであると言うのである。アメリカは、不確実な要素は多々あれど、おそらくこのような方向性に動いていく以外に、現在の八方ふさがりの状態から脱する手立てはないだろうが、このことにより、ヨーロッパは中長期的にアメリカの勢力圏から離脱していくことになるだろう。同様に、西アジアについても、アメリカの影響力が弱まっていくあらゆる兆候が見えている。ワースハイムは、日本の軍事拡大について、米軍を補強するにとどまり、置き換わるほどのものではなく、中国の台頭を相殺するには限定的な役割しか果たさないと述べるにとどめているが、憲法改正も含めた、さらなる安全保障上の役割を日本に担わせる方向性が示されており、来年誰がホワイトハウスの住人になろうが、このことは規定路線であろう。

カーネギー国際平和基金は、ブルッキングス研究所やクインシー研究所などと同様に民間のシンクタンクだが、これらの団体が、アメリカの安全保障や外交政策の立案に大きな役割を果たしているのは周知のとおりである。よって、ワースハイムの議論は、ロシアと中国がヨーロッパや中国にとって「脅威」であるとする、アメリカの戦略的必要性から生じる「虚構」にもとづいており、我々はその危険性を明らかにしつつ、自主性を確立し、アジアの隣国との平和的共存に向けた世論形成を行っていく必要がある。