多国間の軍事連携は相互運用性が重要で、高いレベルでそれを達成するためには、度重なる合同訓練が必要だ。米韓が毎年やっているのは、まさにその相互運用性を高めるためで、朝鮮民主主義人民共和国(以下、朝鮮)の体制転覆、さらには中国攻撃を想定しているものだ。日本と韓国は、アメリカがアジアで覇権を維持するために必要な事実上の兵営国家であり、アメリカにとっての日韓の存在は、まさにそのためにあるのであって、日韓がその機能を果たさないのならば、アメリカにとっての両国は「有用価値」のないものと言っても過言ではない。米韓は、平壌を狙って日夜合同訓練を重ねているのだから、朝鮮としては防衛態勢を解くわけには行かず、常時即応できる状態にあるのは素人でも想像できることだ。一方、朝ロは包括的戦略パートナーシップ条約の発効(2024年12月5日)により、事実上の同盟関係となったが、これまで合同訓練のようなものを行ってきているわけではなく、相互運用性の面では日韓米に後れを取っているだろう。
以上が、今も流通している「朝鮮派兵説」が虚構である理由のもっともたるものだ。メディアが盛んに喧伝して、今や既成事実となってしまった「朝鮮派兵説」だが、戦争はチェス盤の上のゲームではない。実際に砲弾が飛び交い、命のやり取りをしているわけだから、作戦指揮系統を共有せず、言語も異なり、相互運用性に疑問符の付く外国の軍隊を、重要なクルクスの戦線に投入するなどということはあり得ない。ロシアはクルクス戦線でウクライナ軍を壊滅寸前に追い込んでいるが、クルスクは第二次世界大戦時のナチスドイツとの戦いでも、戦況のターニングポイントとなった、ロシア人にとっては歴史的にも重要な地域であり、外国の軍隊に任せるなどということはあり得ない。
昨年の夏から秋にかけて、米韓は北方限界線に向けて度重なる威嚇射撃を行ったり、ドローンを平壌に飛ばしたり、朝鮮に対する軍事挑発を繰り返したが、朝鮮はその挑発に乗らなかった。こうした「キエフーソウルーワシントン」のラインが行っていることについて、朝ロが緊密に情報交換をしていなかったなどということはあり得ず、朝鮮側は米韓ウの意図を十分見抜いていたと考えられる。「戒厳令事態」で明らかとなったのは、偽旗まで上げて、朝鮮を戦争に誘い込もうとしていたのは米韓であって、朝鮮半島は明日にでもそのようなことが起きうる地政学的なホットスポットなのだから、朝鮮が一万を超える人民軍兵士を遠く離れたヨーロッパの戦場に送るなどということは考えられない。
プーチンが平壌を訪問して、包括的戦略パートナーシップ条約に署名したのは去年の6月19日のことだったが、メディアが「朝鮮派兵説」を流布し始めたのもそのころである。「朝鮮派兵説」が集中的に流され始めるのは、同年の10月以降である。それから、12月3日の「戒厳令事態」に至るまで、「戦闘の拡大を招く重大な行為」「アジアに向けた紛争の輸出だ」(フランスバロ外相、10月19日)、「危険で非常に懸念すべき展開」(米ロバート・ウッド国連代理大使、10月22日)、「他国を巻き込む可能性がある」(米オースティン国防長官、10月30日)「インド太平洋地域のパートナー国と連携を深め、ともに脅威に対抗していく」(NATOルッテ事務総長、11月6日)、「断固とした対応が必要」(米ブリンケン国務長官、11月13日)、「深刻なエスカレーション」(独オラフ・シュルツ首相、11月16日)などと、NATOや西側諸国が段階的に情勢を煽っているのが明らかだ。
一方、ウクライナも、「各国に対抗措置を取るよう訴える」(ゼレンスキー、10月20日)「北朝鮮がロシアのウクライナ侵攻に関与している証拠に背を向けることなく対応するよう求める」(ゼレンスキー、10月22日)、「他国を巻き込もうとしている」(ウクライナ・マトビヤンコ報道官、10月23日)、「不安定化する世界の新たな一ページを開いた」(ゼレンスキー、11月5日)などと煽っており、これはドンバスやクルスクの戦線に韓国を動員しようとする意図にもとづいたものとの合理的推論が可能である。韓国も、「露軍の軍服と武器、身元を隠すためロシアのIDカードを支給された」(黄浚局国連大使、10月22日)、「北朝鮮軍のウクライナからの『即時撤退』を求め、ウクライナへの直接的な武器供給を検討していることも警告」(10月末)、「韓国軍からウクライナに戦況のモニタリングや分析を行う代表団を送る」(金龍顕国防相、10月30日)などと、キエフやワシントンと歩調を合わせて、段階的に行動のレベルを上げようとしていることが伺える。事実、「朝鮮派兵説」にかかわるほとんど全ての情報の発信源が、ウクライナ国防情報総局及びウクライナ国家安全保障委員会所属虚偽情報対策センター、韓国国家情報院で、これらが緊密に連携して「朝鮮派兵説」を拡散し、西側諸国が結託して、「世界を不安定化させているのは朝ロである」とする世論形成を行うと当時に、軍事的なハードも動かす準備をしていたと考えるのが最も合理的だ。
アメリカの関与を否定する言論が見られるが、アメリカが背後で糸を引いていないと考えるのは無理がある。なぜならば、かりに朝鮮が米韓の挑発に応じていたら、米軍は直ちに防衛準備態勢(デフコン3)となり、その瞬間に、韓国軍は米軍の指揮統制下に入るからだ。自動的にそうなるのだから、そのようなことをワシントンの意図に忠実に行動してきたソウルが単独で行うことは考えにくい。アメリカにとっては、アメリカ主導の覇権秩序である「ルールにもとづいた秩序」に背かない限りは、尹錫悦であろうが、「戒厳令阻止」であろうが、「賞賛すべき民主主義」なのである。「ルールにもとづいた秩序」にマイナスに働くような事態が生じてくれば、それはたちまち「従北勢力の浸透」となり、弾圧の対象となる。だから、朝鮮日報や中央日報のような体制派メディアのみならず、進歩的言論機関の「ハンギョレ」が「朝鮮派兵説」を流している状況は、アメリカにとっては、情況の水位を把握する一つの材料である。もちろん、このことは「戒厳令」を阻止した韓国民衆の行動を矮小化するものではない。しかし、そうしなければ戦争になってしまうという、朝鮮半島南北が置かれた構造的な脆弱性があり、その脆弱性を維持し、それを利用して自国の影響力を拡大しようとしているのが、他ならぬ日米なのだと言う事実を閑却した「民主主義」礼賛は些か無責任ではないか。それが証拠に、日本メディアは、西側メディアと歩調を合わせて、「朝鮮派兵説」を既成事実として扱い、「ロシアと北朝鮮の軍事的な協力が深まり続ければ、朝鮮半島情勢にも影響を及ぼす可能性」(『朝日新聞』10月22日)、「参戦が確認された場合、国際情勢への影響は大きい。ロシアとウクライナの対立軸が東アジアにも持ち込まれかねない」(『毎日新聞』10月30日)などと事態を煽ってきた。いわゆるリベラル反戦派も、この点たいして変わらない。
朝ロの包括的戦略パートナーシップ条約は2024年12月5日発効したが、「そのようなことがあれば、それは国際法の規範に合致する行動だと考える」(朝鮮外務省キム・ジョンギュ次官、10月25日)の言葉通りに、今後は、他ならぬ相互運用性の強化を目指した様々な訓練や交流が行われる可能性が高い。「朝鮮派兵説」が浮上してから「戒厳令事態」に至るまでのタイミングを見ると、米韓は、そのことを見据えて、先手を打って攻撃を仕かけようとした可能性さえ否定できない。