政府が、「防衛装備移転三原則」を改定して、イギリスとイタリアと共同開発する次期戦闘機の第三国への輸出解禁したことについて、リベラル媒体は、平和憲法の原則に背く「殺傷兵器輸出拡大への転換」であり1)、「平和国家の理念を損なう」などと批判的に論じている2)。政府は「輸出解禁」を3月26日に閣議決定したが、翌27日にも「東京新聞」が、「平和主義逸脱進む」「紛争助長、疑念ぬぐえず」の見出しで批判的な論調を展開している3)。しかしながら、そもそも「次期戦闘機開発」とはどのようなもので、その「第三国輸出」が、日本の安全保障政策の中でどのように位置づけられているのか確認しておこう。
次期戦闘機(F-X)の開発は、2018年の中期防衛力整備計画の中に、「ネットワーク化した戦闘の中核となる役割を果たすことが可能な戦闘機を取得」し、「そのために必要な研究を推進するとともに、国際協力を視野に、我が国主導の開発に早期に着手する」と明記されており4)、その「国際協力」について、当初は開発支援企業として、アメリカのBAEシステムズ社、ボーイング及びロッキード・マーチン社を候補として、最終的に機体担当企業の三菱重工株式会社がロッキード・マーチン社との契約締結に向けた協議を進めていたが5)、最終的にはイギリスとイタリアとの三か国での共同開発に転換し、2023年の防衛力整備計画では、「次期戦闘機の英国及びイタリアとの共同開発を着実に推進し、2035年度までの開発完了を目指す」と明記されるに至った6)。
「次期戦闘機開発」の特質は、主に「航空優勢」「公共財」「我が国主導」などのキーワードに集約されている。「航空優勢」とは、いわゆる「有事」の際に、日本の周辺空域に戦闘機を迅速に展開させて、「敵の航空機やミサイルによる攻撃に対処できる態勢を整える」ことを意味する7)。かつては戦闘機同士が目視で索敵して、目視範囲内で格闘する「ドックファイト」形式が通常の戦闘方式であったが、今日では、衛星情報や各種高精度センサー等を使用した遠方からの精密攻撃が主流となっており8)、「航空優勢」を失うと、「敵」のミサイルや戦闘機の進入を許す結果となり、「敵」に主導権を握られてしまう。ゆえに、それを防ぐために、現有のF-35、F-15、及びF-2の中で、F-2の退役・減勢が始まる2035年までに、「いずれの国においても実現されていない新たな戦い方を実現」でき、「即応性等を確保できる国内基盤を有する」第五世代の次期戦闘機を「我が国主導」で開発していくことが目指されている9)。「我が国主導」とは、製造基盤を国内に設けることによって、整備修繕をアメリカなどの他国に依存した場合に起きるタイムラグを低減して、即応性を高めることを意味する。そして、かかる戦闘機の開発による「航空優勢」の確保は、国家の安全にかかわる「公共財」であると位置づけられる10)。要するに、現在の戦争の戦い方は、電磁パルスや衛星を使った位置情報等を利用した攻撃が主流となっているために、自動警戒管制システム(JADGE)や早期警戒管制機を活用し、敵味方の判別を瞬時に行い、敵の航空機やミサイルを撃破出来るシステムの構築と共に、従来のような「ドッグ・ファイト」と呼ばれる空対空戦闘から、ステルス性の高い戦闘機を駆使した多次元の「クラウドシューティング」方式へと移行する必要があり、現在、「このような戦い方を可能とする戦闘機は存在しない」ために、次期戦闘機の開発が必要だとされる。11)そして、このような次期戦闘機を、「基本的価値を共有」するイギリス及びイタリアと共同開発するグローバル戦闘航空プログラム(GCAP)を立ち上げ、これを実施するために、イギリスを寄託者として、グローバル戦闘航空プログラム政府間機関(GIGO)が設立されるに至る12)。
以上が、「次期戦闘機開発」についての概要である。それでは、こうした「次期戦闘機開発」は、どのような安全保障上の文脈に位置づけられているのだろうか。「我が国を取り巻く安全保障環境がますます厳しさを増す中」という文句が、政府やマスコミの常套句として垂れ流されるようになって久しいが、この言葉の意味を批判的に問う言論は皆無に等しい。「厳しさを増す安全保障環境」とは、中国の軍事強国化、朝鮮民主主義人民共和国(朝鮮)の核兵器・弾道ミサイル開発、ロシアの活発な軍事活動、中ロ両国の軍事協力の進展など「質・量に優れた軍事力」が日本の周辺に集中している状況のことを意味している13)。よって、日本の防衛省の発行する関連文書には、日本周辺における中朝ロの軍事行動についての言及はあっても、我々―即ち、日韓米―の側が何をしているのかについての言及は全くなく、あたかも中朝ロが一方的に日本を標的にして軍事力を強化しているかのように語られる。中国の軍事力は、米軍が「A2/AD」(接近阻止・領域拒否)と呼ぶところの概念が表すように、あくまで台湾を守る防御展開にその主眼があり、2020年11月の「次期戦闘機の調達」に関する「年次公開検証」において、参考人として召致された神保謙慶応大学総合政策学部教授がそのことに言及している14)。即ち、中国が台湾防衛を想定した防御態勢を強化しつつあり、それによりアメリカの前方展開戦力の優位性が縮減しており、中国の防衛網を突破する主導的な役割を日本が果たすために、多次元展開を前提とした高性能な次期戦闘機の開発が必要だということなのである。このことは、中国の軍事力増強が、日米の攻撃を想定した防御的なものであり、日本を標的にしたものではないことを示している。即ち、「次期戦闘機開発」は、中国や朝鮮(及びロシア)を抑えて、アジアにおける覇権的地位を確立するための日米共通の軍事戦略の一部として行われるものである。GCAPに関する日米伊の共同首脳声明にも、「脅威や侵略行為が増大している昨今」において、「自由、民主主義、人権、法の支配といった共通の価値 」にもとづく、「自由で開かれた国際秩序を擁護」し、「我々の民主主義、経済及び安全を守り、地域の安定を守る」(強調筆者)と記されている15)。さらに、「我々がこのプログラムに冠した『グローバル』という名称は、米国、北大西洋条約機構(NATO)、欧州やインド太平洋を含む全世界のパートナーとの将来的な相互運用性を反映したもの」(強調筆者)と共同首脳声明あるように、「次期戦闘機開発」は、アメリカの世界戦略の一部として行われることが明白である16)。
「次期戦闘機」の第三国輸出については、「平和国家についての基本理念を維持することは不変であり、積極的な武器輸出政策に転ずるものではなく、厳格な審査により移転の可否を個別に判断」するとされ、「(日本が)締結した条約その他の国際約束にもとづく義務に違反する場合」「国連安保理の決議に基づく義務に違反する場合」「紛争当事国への移転となる場合」(原則1)には輸出を認めず、「平和貢献・国際協力の積極的な推進に資する場合」と「(日本の)安全保障に資する場合」(原則2),「目的外使用及び第三国移転について適正管理が確保される場合」(原則3)にのみ移転を認めるとされるが17)、2022年12月9日の記者会見において、浜田靖一防衛大臣(当時)は、「(輸出については)何ら決定したものはありませんが、英国が輸出を重視していることを踏まえ、今後、英伊とともにですね、検討してまいりたいと考えております」と、認めることが規定路線であったことを伺わせる発言を行っている18)。
政府は、「次期戦闘機」の第三国輸出は、「平和貢献・国際協力の積極的な推進に資する場合」や「(日本の)安全保障に資する場合」のみに限定され、「平和国家」の原則を逸脱しないと言うが、そのような文言はいかようにも拡大解釈が可能である。実際、日英伊「共同首脳声明」にも、「自由、民主主義、人権、法の支配といった共通の価値 」にもとづく、「自由で開かれた国際秩序を擁護」し、「我々の民主主義、経済及び安全を守り、地域の安定を守る」と明記されており、そのこと自体が「平和貢献・国際協力の積極的な推進に資する場合」や「(日本の)安全保障に資する場合」と同義と見なせる。日英伊「共同首脳声明」にある「脅威や侵略行為」とは、いわゆる「ロシアのウクライナ侵攻」のことなどを指しているのだろうが、日米が盛んに喧伝する「台湾有事」なるものも、同列線状に位置するものであり、日米の立場から見れば、中朝ロが、「自由で開かれた国際秩序」や「自由、民主主義、人権、法の支配といった共通の価値」の「破壊者」として設定されているのは明らかである。
日本のリベラル媒体は、本来ならば、ウクライナ戦争や「台湾有事」なるものとアメリカやNATOの関係、アメリカやNATOと日本の関係を明らかにして、物事の因果関係を可視化すべきところ、むしろ隠蔽しているために、論理破綻をきたしている。政府は、2023年12月に、アメリカの要求を受けて武器移転三原則を改定して、アメリカにパトリオット・ミサイルを提供することを既に決めている。表向き、アメリカは紛争当事国ではないことになっており、第三国に輸出する際は、日本の事前の承認を得ることを義務付けているとされるが19)、ウクライナへの提供を前提としたものであることは明らかだ。アメリカが日本が提供するパトリオットをウクライナに送る場合、日本政府は「平和貢献・国際協力の積極的な推進に資する」、或いは「(日本の)安全保障に資する」と言う理由で、承認するであろうことが目に見えている。アメリカにパトリオットを提供する件で、批判らしい批判さえ出なかったにもかかわらず、この度の「次期戦闘機」の第三国輸出の件を批判がましく言ってみたところで、「批判した」というアリバイ作り以上の効果は望みようもない。既にロシアは、日本が提供するパトリオット・ミサイルがウクライナで使用された場合、日ロ関係に甚大な影響を及ぼすことになると日本政府に警告している20)。
民主国家におけるメディアの要諦は、独立媒体として国家権力を批判することにある。本来、「次期戦闘機開発」自体が無用且つ不要の代物だが、政府を批判すべき立場のマスコミが、スウェーデンのNATO加盟を巡って、「ロシアにとっては元も子もない話で、NATOの東方拡大を食い止めたかったのに無謀な侵攻が招いたのは正反対の結果である。ウクライナ侵攻がどう終わるにせよ、NATOの抑止力、監視力は大幅に強まる。」などと(強調筆者)、NATOを防御同盟扱いしつつ、ロシアを揶揄する当事者意識の欠如を披露して恥じない21)。であるのに、NATOの戦略の紛れもない一部である「次期戦闘機開発」を黙認して、その第三国輸出を批判する厚顔無恥は理解に苦しむ。このようなことで、「第三国輸出」を食い止めることが出来たら、むしろそのほうが不思議というほどの自家撞着と言わざるを得ない。経済安全保障保護法案の問題についても、アメリカやイギリスメディアが流す「スパイ気球」や「警察拠点」などという根拠のない情報を、さも事実であるかのように拡散して反中国世論を煽っておきながら、「思想信条の自由を妨げる」などと批判しても22)、自己矛盾以外の何ものでもない。政府の安全保障政策にぴったり歩調を合わせて、政権の傀儡(くぐつ)と化して、中朝ロの脅威を日夜煽っているメディアが、「平和国家の理念を損なう」などともっともらしいことを言っても、茶番と言うほかなく、これを「戦後民主主義の敗北」と呼ばずして何と呼ぶのだろうか。
注
1)『東京新聞』2024年3月16日、P. 1。
2)同上、2024年3月15日、P. 5。
3)同上、2024年3月27日、P. 1。
4)『中期防衛力整備計画』防衛省、2018年12月18日、P. 10。https://www.mod.go.jp/j/approach/agenda/guideline/2019/pdf/chuki_seibi31-35.pdf
5)『時期戦闘機(F―X)のインテグレーション支援に関わる情報収集の結果及び次期戦闘機の開発に係る国際協力の方向性について』防衛省、2020年12月18日、P. 1。https://www.mod.go.jp/j/press/news/2020/12/18a.pdf
6)『防衛力整備計画』防衛省、2023年12月16日、P. 24。https://www.mod.go.jp/j/policy/agenda/guideline/plan/pdf/plan.pdf
7) 『次期戦闘機の調達について』防衛省、2020年11月14日、P. 1。
8) 『次期戦闘機の開発について』防衛省、2024年3月26日更新。https://www.mod.go.jp/j/policy/defense/nextfighter/index.html#fired2
9)同上。
10)同上。
11)前掲、『次期戦闘機の調達について』、P. 6。
12)『グローバル戦闘航空プログラム(GCAP)政府間機関の設立に関する条約』外務省、2023年12月14日。https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/100595074.pdf
13)前掲、『次期戦闘機の調達について』、P. 7‐P. 11。
14)『令和2年度秋の年次公開検証(「秋のレビュー」)(3日目)次期戦闘機の調達について』内閣官房、2020年11月14日、P. 10。https://www.gyoukaku.go.jp/review/aki/R02/img/20201114_1_gijiroku.pdf
15)『グローバル戦闘航空プログラムに関する共同首脳声明』外務省、2023年12月9日。https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/100432097.pdf
16)同上。
17)前掲、『次期戦闘機の調達について』、P. 18。
18)『防衛大臣記者会見』2020年12月9日、防衛省。
https://www.mod.go.jp/j/press/kisha/2022/1209a.html
19)『BBCニュース』、2023年12月23日。https://www.bbc.com/japanese/67809197
20)『ARAB NEWS Japan』2024年3月23日。https://www.arabnews.jp/article/middle-east/article_115246/
21)『東京新聞』2024年2月28日、P. 1。
22)同上、2024年3月5日、P. 18。