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鎌倉近代美術館とモダニズム建築について

▲エントランス側全景

▲チケット売り場と大階段。この階段を上って美術館に入る

 

▲展示室内は撮影禁止。展示室を出ると中庭に面する通路に出る。

 

▲中3階(3階?) 学芸員のための部屋だった小部屋。これまでは入れなかったらしい。

 

▲2階通路越しに中庭を見る

 

▲1階テラス  2階通路から階段を下りると中庭とテラスの間に出て来る。

  (初夏の頃、池が蓮でいっぱいになっている頃が一番のいい時なのだろう。)

純粋な気持ちで感じれば、鉄骨の柱の列が、日本の木造建築を感じさせる。

 

▲中庭  この彫刻がなかったら、感じるものが違う。

(左の足跡は、コルビジェと坂倉順三が立ち話をしていた位置だとか。。)

 

**

 

鎌倉近代美術館が、今月(2016年1月)で閉館となる。

 

昨年暮れに、たまたま鶴岡八幡に行った帰り

なんとなく「見にいかなくては・・」と思い、参道からそれて建物を見に行っていた。

休館日ではあったが、外から見る建物は、心惹かれるものがあった。

 

明らかに、現在作られる建築とは感じるものが違う。

 

閉館の話しはなんとなく知ってはいたが、今年になりたまたま

「今月で閉館」という事を知り、とにかく行って

「何が違うのか」を感じてみたいと思った。

 

この美術館に入るのは、実は約30年ぶり。

大学の時に来て以来の事。

当時、何かもが新鮮で、

「坂倉順三」「コルビジェ」「ピロティー」「中庭」「回遊」などの言葉が

勉強したてのホカホカのものだった。

 

当時、どんなふうに感じたのかは覚えていない。

 

モダニズム という言葉を、輝かしく感じていた学生時代であるから

ある意味、感動していたのだろう。

プロ野球を見にいく野球少年のようなものだ。

 

それから30年・・・

 

来てよかったと思う。

モダニズムにあこがれた青年時代とは違う。

 

わかった事は、

コルビジェらを筆頭とした いわゆる 「モダニズム」 は

” 当時の 『青年の建築』 だったのかもしれない ”

という事。

 

鎌倉近代美術館を今みても、

なんとなくそれを感じる事ができる。

何かを切り開こうとする若々しさをもって

質素でも純粋であろうとする真っすぐな建築。

 

ただ、、、、

『青年』ではなくなった今の私は、

永遠の憧れと思っていたモダニズム建築に

それほど心が躍るような感情が湧きあがらない事に

とまどいすら感じた。

 

 

この美術館が完成したのが 1951年。

当時、世界の最先端の建築モードである『モダニズム』が、この日本に出現した。

しかも、古都鎌倉 鶴岡八幡の参道脇。

大きな事件だっただろう。

 

実現したのは、戦後で、日本自体が若かったからなのだろう。

古い文化や建築との対比は、当時の日本人の熱さや勢いと合っていたのだと思う。

 

モダニズムとは、

『旧』 という明らかな対比する対象があったからこそ

より輝かしく感じられたのだと思う。

 

だけど、その時に「未来」だった今

作られる建築も人々の暮しも、豊かになり、

モダニズムが対比していた『旧』はすでになく

その建築に感情を重ねる人もいない。

 

では、もうこの美術館の存在意義はないのか?

 

いや、それはまた別の話しで

 

1階の壁に使われた大谷石、、、

中庭と池の 『間取り』、、、

単にピロティーを作る柱ではなく

日本的な木の列柱を想像させる鉄骨の柱、、、

 

など、これは日本的なモダニズム建築として

その良さを再評価されるべきだと思う。

 

素材のどれもが本物であり、

それを選んだ坂倉順三という人の感性や

寸法や細部の形にみられる人を意識したデザインが

あっけらかんとして作られる現代の建築とは違うところなのだと思う。

 

 

取り壊しはされず、耐震改修をし存続するらしい。

(新館は解体)

 

少し前の自分だったら、

それを当然と思うし、よかったと思っていた。

でも今、、、、、

もし取り壊しが決まったとしても、それほど残念な気持ちがわかないかもしれない。

むしろこの地で、「 もっと違う建築を見てみたい 」

という気持ちがある。

 

 

   そんなふうに思った事も

   私自身にとって、とても不思議だ。。。

 

 

改修し保存されていく事は、それはそれで素晴らしい事。

ただ、

それは外観や中庭など表面の部分にとどめ

内部は、まったく違うものにしてもいいのではないかと思う。

 

だって、今となっては、モダニズムのインテリアは チープ とも言えるから。

 

 

建築と同じように、残し伝えていくべき美術品の

よりよい展示と鑑賞のため

現代の技術と材料とデザインで作られていいと思う。

 

忠実にオリジナルを再現する必要はないと思う。

建築は使ってこそ建築。 美術品とは違うのだ。

残す部分、変える部分があっていい。

その時代の最新の技術やデザインがほどこされるからこそ

元の建築は輝く。

 

その対比があるからこそ

モダニズム建築 じゃないか!

 

 

 

またいつか、見れる時が来たなら

行ってみようと思う。

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