会津沼田街道は、約400年前の江戸時代に開かれた歴史のある街道です。
福島県の会津若松市と群馬県の沼田市を結ぶ街道で、福島県の桧枝岐と群馬県の片品村大清水の間に尾瀬沼があり、江戸時代、尾瀬沼のほとりに物資の交換所があったそうです。
現在、会津沼田街道は国道401号線に指定されており、今でも群馬県片品村大清水と福島県桧枝岐村七入間は山道になっています。
今年5月に、このブログに群馬県片品村大清水から尾瀬沼を往復したときの動画をYouTubeにアップし、その時のコメントにも記載しましたが、昭和40年代には観光道路の建設が進んでいたようです。
片品村の大清水の先の一ノ瀬から先も道路建設の足跡は残っています。だいぶ樹木が成長し道路には見えませんが、道路であったことはわかるります。
現在、桧枝岐村の尾瀬沼への玄関口として知られる尾瀬御池と沼山峠間にはバスが運行されていますが、大清水から沼山峠まで観光道路が繋がる予定であったそうです。沼山峠までの車道は、当時の建設の名残だそうです。
尾瀬沼にある当時の長蔵小屋の三代目の平野長靖氏が環境庁長官に直談判して建設が中止となり、尾瀬の自然は守られてきて現在に至っています。
少し前になりますが、会津の旧伊南村、現在は合併して南会津町に属していますが、ある郷土の資料館が目に留まり、ちょっと中を覗いてみました。その資料館は、山城の記録や昔からの会津の生活の記録などを記録している資料館で、雪深い会津に住む昔の方々の生活の知恵などを知ることができました。
その中に、会津沼田街道の記録もありました。そこには、建設予定だった観光道路の地図もあり、尾瀬の自然を残してきた記録をみることができました。しかし、最後のところに、この観光道路がもし開通していたならば、会津の人口減少問題に少し影響していたかもしれない旨の記載があり、私はこれまで尾瀬の美しい自然を後世に残すことは当たり前のように考えていましたので、何ともいいようのない少し複雑な気持ちになりました。
それはさておき、七入から沼山峠までの古道を歩きたいと考えています。近年、再整備がなされて歩きやすい登山道になり、地元桧枝岐村の民宿などでも宿泊とセットで案内もしているようです。
七入の標高が約1100m、沼山峠が1700mです。
標高差600mありますが、ブナの樹林帯が素晴らしいと聞きます。秋の紅葉の時期がやっぱりいいでしょうね。
ここを歩けば、私の中で国道401号線の未開通部分がすべてつながります。登山道の地図を確認すると、この登山道にしっかりと「沼田街道」と記載がされていました。
ぜひとも、秋の山行の目標にしたいと思います。
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