引っ越します。
もう戻れない時間があると、ふと感じる瞬間が、とてもつらく感じています。
ここまで書いていて保存していたようだ。
ちょうど一年前くらい。
例えばひとりで居たとしても、私は誰かに縋るとおもう。付き合っていた人と別れたときは「とても自由だ」と感じていたとしても、少し時が経てば「さみしい」と感じる。
そして結局は誰かを求めてしまう。
でも誰かと暮らしていると煩わしさを感じてしまう。こうやって書いていると当たり前だろうと思う。そしてこの感情は、ないものねだりだと感じる。
そんなことを繰り返している。
勝手にイメージしている「責任感のある大人」になろうと足掻く。
けれど心の奥底にはそんな言葉とは似ても似つかない子供じみた感情が澱んでいる。
ほんの少しの束の間の出会いだったり、とりとめのない1日が終わる瞬間だったり、休日の夕焼けだったり、友達と昔会話した内容だったり、その頃聴いていた音楽だったり。
もう浮かび上がってこないでほしいと願う感情たち。いい加減全てを割り切った大人になりたいのに、ふと思い出す感情たち。
きっと消したり忘れたり、そんなことができない感情なのだから上手く付き合っていかなければとおもう。
だって僕はもう責任のある大人なのだから。いつまでもそんな感情に振り回されることのないようにしなければ。
ちなみに僕は見知らぬ土地が好きだ。
引っ越しの準備は嫌いだけれど引っ越しは好きだ。その土地に私のことを知る人がいないと思うと、とても清々しい気持ちになる。
だから定期的に引っ越してきたのかもしれない。
文頭で引っ越しますとあるが、すでに引っ越している。
あぁ死にたい。
誰にも言わない言葉だけれど、ここで言えるだけでも少し救われる気がする。
死んでしまって、もう消えたいなぁ。
つかれた。