変革の時をつかめ 新・ニッポン農業論 風評被害に水田損壊、複合危機と戦う 臨機応変に切り抜ける知恵、サバイバルが始まった
「減反を緩和してはどうか」。そんな声も聞こえてきたりする。
東日本大震災による農業インフラの損壊は著しい。福島第一原子力発電所の事故による放射能汚染も広がり、コメどころの1つ、福島県を中心に農業活動の停滞は避けられない。今必要なのは平時の常識にとらわれず、事態の推移に応じて柔軟に対応できるコンティンジェンシー・プランを用意することかもしれない。
全国農業協同組合連合会(JA全農)茨城県本部は19日午後4時、部長以上の幹部職員を緊急招集した。枝野官房長官が官邸で記者会見し、同県産のホウレンソウなどで食品衛生法の暫定規制値を上回る放射能が検出されたと発表したのと同じ時間帯。野菜王国・茨城の命運をも左右する農産物放射能汚染への対応を申し合わせたのである。
1つの作物で確認されれば、ほかの作物でも発見される可能性が高く、出荷停止や風評被害対策が最重要課題となる。出荷停止になった作物の証拠写真の撮り方、風評被害額の算出法など全農茨城が書式を作り、東京電力や国に損害賠償を求める際に必要な証拠保存を農家に呼びかける。
量販店などに野菜を直販する攻めの経営から一転、守りの態勢固め。じたばたせず、嵐が過ぎ去るのをじっと待つ。「東海村JCO臨界事故(1999年)の経験に学んだもの」と野崎和美管理部長は言う。
昨年は口蹄疫、今年は放射能汚染
「わが社の取扱高は2週間で約10億円の落ち込み。風評を含め放射能汚染による損害はかなり大きな額になるだろう」。東京・大田市場の青果卸大手、東京青果の大井溥之副社長は、産地出荷団体への悪影響を心配する。福島県産ホウレンソウなど食品衛生法の暫定規制値を上回る放射能が検出され、政府が原子力災害対策特別措置法に基づく出荷停止を指示した品目の割合はほんのわずか。多くは風評による値下がりだ。
「売れ残れば廃棄費用を我が社が持つくらいの覚悟で販売を試みたが、消費者心理には勝てなかった」と大井氏は言う。量販店、外食、ホテルなどが敬遠している模様だ。
ホウレンソウと同じように政府の出荷停止指示を受けた福島、茨城の原乳(しぼりたての生乳)の出荷停止で両県の酪農家たちは1日7000万円の損害を被っている。東京・芝浦市場でも風評だけで福島県産の高級和牛肉は平均より1~2割ほど安くなり、隣の茨城、宮城の和牛肉も軟調に推移している。生産者団体の1つ、全国肉牛事業協同組合の山氏徹理事長は「昨年は口蹄疫、今年は放射能汚染。こんなことが続いたら日本の畜産はつぶれてしまう」と心配する。
山氏理事長は組合員から集めた牛肉3.6トン、野菜6トンを満載したトラックに乗り込み、被災地の福島、宮城、岩手に送り届けたが、「原発からの放射能が止まらなければ、農家の生活も守れなくなってしまう」と憤る。
代わりにコメを作って応援しよう
「愛知県への緊急避難も検討中です」。茨城県つくば市で葉物の野菜を栽培している農業生産法人TKFの木村誠社長は提携先を頼り、放射能の影響が収まるまで生産拠点を一部移転させる準備に入っている。
年商3億円のTKFにとってホウレンソウの生産額は1割前後に過ぎないが、政府の決定で21日から福島、茨城、栃木、群馬では一律出荷停止に追い込まれた。主力のベビーリーフも風評被害に遭い、放射能汚染のリスクがある茨城に踏みとどまっているだけでは、会社の存続にもかかわってくるからだ。
「補償時期は不明。緊急融資も受けられるが、いつまでの資金をみておけばいいのか、本当に困ってしまう」
環太平洋経済連携協定(TPP)をにらんだ農業再生策について官邸に呼ばれて意見陳述もしたスゴ腕農家も丹精込めて栽培した葉物野菜に、放射能汚染の烙印(らくいん)をおされては商売にならない。